韓国の「ジャンル小説」の流れを見る①

 

今週と来週は、韓国のジャンル小説について、『日本語で読みたい韓国の本-おすすめ50選』第3回に掲載のコラムを2回にわたってご紹介します。

韓国の「ジャンル小説の流れ」を見る。

SFというジャンルの想像力

大学時代に卜・鉅一(ポク・コイル)の『碑銘を求めて(映画:ロストメモリーズの原作)』を読んだことを思い出す。この小説はサブタイトル「京城・昭和六十二年」からも分かるように、韓国が日本に併合された状態が1987年まで続いているという代替歴史(Alternative history)小説だ。初めて触れた『碑銘を求めて』で私は、以前に読んだ純文学小説とは異なる小説の面白さを感じた。いや、衝撃的で斬新な世界観にひどく魅了されたと言う方が正しいだろう。それがSFというジャンルの想像力によるものだと気付いたのは、もっと後の話だが。 ジャンル小説とは何かという点には様々な意見があるが、一般的に「普遍的な読者層でない、あるジャンルに特化したファンダムを持っており、一種のコードや紋切型の手法でストーリーを展開する文学」というのが大部分だろう。韓国でそうしたジャンル小説と言うと、ファンタジー小説、武侠小説、ロマンス小説がまず思い浮かぶ。これは海外で活発に発表されているSFやホラー、ミステリー、推理小説などが、これまで韓国市場で思い通りに力を発揮できなかったためと言える。代わりに韓国では、1990年代の後半からパソコン通信に公開されたオンライン連載小説が紙の本として出版され始め、ファンタジー小説ブームとなった。その後パソコン通信からウェブ連載サイトに移り始めると、ジャンル小説はさらにその力を発揮するようになった。その時期を代表する作品こそ、日本でも出版された『ドラゴンラージャ』だ。その他の有名なファンタジー作家には、ゲーム「テイルズウィーバー」の原作小説で日本や台湾にも輸出された『ルーンの子供たち』のジョン・ミンヒ、『ソウル・ガーディアンズ』のイ・ウヒョク、『月夜幻談』シリーズのホン・ジョンフン、『SKT』のキム・チョルゴン、『白い狼』のユン・ヒョンスンなどを挙げることができる。この頃の韓国はIMFから金融支援を受ける経済危機と相まってレンタルショップが急増し、レンタルショップの主力コンテンツだったファンタジー小説はさらに勢いを増した。似たような性向の武侠小説、ロマンス小説も共に最高の販売数を記録した。

ファンタジー小説ブーム

ファンタジー小説はこれまでの純文学と違い、壮大な想像力を元に新たな世界を再創造し、そこに合うストーリーを加味するストーリーテリングの領域を開拓した。しかし娯楽性のみを追求する大衆小説だという点、紋切型の手法でストーリーを膨らませる点などから文学界の主流に食い込めないばかりか、ファンタジー小説界の新たな世界というよりTRPGの世界観にストーリーのみを着せる簡単な手法で、レベルの低い作品が雨後の筍のように出版されたため、自ら価値を貶める状況になってしまった。

クロスメディアへの流れ

一方、ハーレクインロマンスから始まったロマンス小説界の場合、ファンタジー小説と同じようにウェブへ連載されてから紙の本l9788963710341として出版される形で爆発的なブームとなったが、その後は少し違った形で拡大した。コンテンツ不足を感じていたドラマや映画と結びつき、新たな分野へ移植されたのだ。最近のヒット作『太陽を抱く月』も、チョン・ウングォルのロマンス小説をドラマ化した作品だ。他にも以前に大ヒットしたロマンティック・コメディ『私の名前はキム・サムスン』や『京城愛史(ドラマタイトル:京城スキャンダル)』『コーヒープリンス1号店』『トキメキ☆成均館スキャンダル』などの作品を、ロマンス小説が原作のドラマとして挙げることができるだろう。こうしたファンタジー、ロマンス、武侠小説などに代表されるジャンル小説は、最近ではレンタルショップの衰退と合わせ、紙の本ではなくウェブ上での販売にシフトしつつあるのが実情だ。それはジャンル小説が早く読めて、短時間で面白さを感じることができるという点に起因する。もしかすると今や文学は文学というカテゴリー内で共に競争するのではなく、ゲーム・映画・ウェブトゥーンに代表される他のカテゴリーに属する文化と競争すべきで、そうした時代の要求に最も適合しているのがジャンル小説なのかもしれない。

ライトノベルの盛り上がり

ウェブに場を移したファンタジー・ロマンス・武侠小説の代わりに、最近紙の市場で力を発揮しているのがライトノベルだ。日本が源流のライトノベルは、アニメーション・漫画・ドラマ・CD・ゲームなど、様々なメディアミックスを通して韓国の若い読者を誘惑している。そのお陰で日韓の出版にかかる時間差も、以前と比べると徐々に狭まっている。特に日本のライトノベルは韓国内でアニメ化されると同時に、韓国のジャンル市場でさらに大きな力を発揮している。韓国オリジナルのライトノベルも少しずつ成長を見せている。代表的な作品としてカーネルの『ボクと虎さま』、NEOTYPEの『モンス☆パニック』などを挙げることができる。韓国の建国神話である檀君神話をベースにした『ボクと虎さま』は、韓国のオリジナルライトノベルとしては珍しく日本と台湾に輸出され、ドラマのCD化とアニメ化の企画などが進行中だ。 その他のジャンル小説としては、一種の歴史小説ファクション(Faction: FactとFictionの合成語。事実と虚構とを織り交ぜた、ノンフィクションとフィクションの中間の作品)が一時期流行した。『ダ・ヴィンチ・コード』のように、ミステリーや推理の技法を用いて読者の関心を引く娯楽性と、史実を再解析してみせる韓国独特のファクションは、高い販売実績を誇るだけでなく作品をドラマや映画などの映像化へと導いた。 1-DSCN0936-1

崔鐘仁(チェ・ジョンイン)

韓国の中央大学芸術学部文芸創作学科を卒業。2001年からファンタジー小説の編集者を始め、ソウル文化社のライトノベルブランド「Jノベル」編集長、映像出版メディア(株)の編集総括、ライトノベルブランド「NOVELENGINE」、エンターテインメント系文学ブランド「NOVELENGINE POP」の編集長を歴任。