日韓出版人交流プログラム「第1回 韓国出版トレンドを聞く」レポート

2016年に始まった、K-BOOK振興会主催の日韓出版人交流プログラム。昨年はコロナ禍により休止となったが、今年はオンライン開催の運びとなり、4月23日(金)に第1回「韓国出版トレンドを聞く」が開催された。

スピーカーは、出版評論家のチャン・ウンスさん。民音社(韓国の大手出版社)で長年本作りに関わったのち、現在は出版業界のトレンドなどを研究されている。

当日は、
1. コロナ禍と出版業界
2. コロナ禍とデジタル変換の加速化
3. 韓国のブックトレンド
という3部構成で、2時間にわたりたっぷりと密度の濃いお話を伺った。

イベント概要
テーマ:日韓出版人交流プログラム「第1回 韓国出版トレンドを聞く」主催者:K-BOOK振興会
開催日:2021年4月23日(金)19:00〜21:00pm

ゲスト:チャン・ウンスさん
読書中毒、出版評論家、文学評論家。1968年韓国ソウル生まれ。ソウル大学国語国文学科卒業。民音社で長い間本を作り、代表取締役を務めた。現在、編集文化実験室の代表として主に読み書き、出版とメディアなどに関する文章と研究を行っている。著書として『出版の未来』、『一緒に読んで共に生きる』などがあり、訳書として『記憶伝達者』『ゴリラ』などがある。

「コロナ禍は韓国に読書ブームをもたらした」

お話の冒頭に飛び出したのは、チャン・ウンスさんのこの一言。少々意外だった。

緊急事態宣言のたびに、日本の書店は閉店や営業時間短縮を迫られている。てっきり、書籍販売もほかの小売業と同様、売上が大幅に落ち込んでいると思い込んでいた。

チャンさんによると、コロナ禍以降、非対面でのコンテンツ消費が増え、出版業界全体が成長したとのこと。
韓国の主要書店の売上は、前年に比べて10〜20%増加。なかでも、オンライン書店の伸び率が著しかった。大手以外でも、地域に基盤を置く革新系中型書店も独特のシステムが功を奏し、売上を伸ばした。専門書店以外にも、韓国版Amazonともいわれるクーパンも書籍販売に参入。
(残念ながら独立系書店は経営悪化が目立ち、閉店に追い込まれた店も多かったそう)

書籍売上の内訳をみると小中校生向け学習書やインテリア、収納など家関連の分野を中心に、ほぼすべてのジャンルで売上が伸びた。

 

変化への対応力により、書店・出版社の明暗がわかれる

とはいえ、出版業界の未来が薔薇色というわけではなさそうだ。

全体の売上が伸びていても、出版社別にみてみると事情が異なる。2020年前半で売上が増加した出版社は、5%以下。70%近くの出版社では減少している。変化にうまく対応できている先とそうでない先があり、出版社間に格差が生じている。

どんな対応が必要かというと、たとえば、そのひとつがモバイルマーケティング力だ。

コロナ禍による非対面購入が増加し、店舗とオンライン書店の売上比率は約4:6。韓国最大手のオンライン書店yes24では、PCとモバイルの売上比率が3:7。

店舗とPCとモバイルでは、本のディスプレイ方法がまったく異なる。チャンさんいわく、書店では本棚に200冊並べられるが、PCサイトでは50冊、モバイルサイトではたったの5冊しか、ひとつの画面に表示できない。

売上比率の高いモバイルサイト販売を伸ばすためには、限られた画面をどう最大限活用し、できるだけ多くの本の情報にアクセスしてもらうのかが肝となり、モバイルマーケティング力の重要性が高まっている。

韓国で2年に1度実施している読書調査によると、他のコンテンツに時間をとられ、書籍を読む読者自体は減少傾向にある一方、本を沢山読む読書家の読書量は増えている。

ちなみに、過去10年間読者層の中核をなしているのは40代だが、市場全体を牽引しているのは30代女性だとみられている。この層に人気がでた書籍がほかの世代に波及していくパターンがみられ、特に2015年にフェミニズムが注目されてからはその傾向が強まっている。

こういった状況を鑑み、出版社はモバイルマーケティング力を高めるなどして、自社の本を読んでくれる読書家のファンをいかに確保できるかが大きな課題となっている。

 

加速するデジタル化 オーディオブック・ウェブ小説とウェブトゥーン(漫画)・サブスクの台頭

第2部では、コロナ禍によりデジタル化が一層加速され、電子書籍市場の活況化いている現状が紹介された。興味深いことに、この市場では大型書店より、RIDIブックスやミリーの書斎など、電子書籍専門書店の存在感が大きいそうだ。

オーディオブックの利用者は右肩上がり。2018年にはNaverが参入し、市場が大幅に成長した。ジャンル別だと小説が圧倒的に多く、コロナ禍では幼児・児童向け、自己啓発、経済、経営のジャンルが伸びた。

ウェブ小説・ウェブトゥーン(漫画)の急成長もめざましく、2013年には100億ウォン規模だった売上が2018年には4,000億ウォン、2020年には6,000億ウォンまで伸びている。グローバル展開を見越し、Naverやカカオといったポータルサイトも参入しており、今後も大きな成長が見込まれる。

サブスク(定額制で期間内は無制限にコンテンツを利用できる)や貸出モデル(2ヶ月程度の期限内のみ利用でき、定価の30〜50%の価格で利用できる)なども人気で、特に若年層の支持を得ている。

このセクションで紹介された事例では、ソーシャルリーディングサービス(*)やフリーランサー向けノウハウのPDF販売(*)なども、興味深かった。

*ソーシャルリーディングサービス:有料で行われる読書会のようなサービス。プロの司会者が進行役を務めるケースもある。
*フリーランサー向けノウハウのPDF販売:たとえば今日のイベント内容を読みやすく編集し、PDF化して販売するようなサービス。現状ではまだまだ小規模のサービスだが、大きく成長する可能性が見込まれている。

 

韓国の最新ブックトレンドその1 〜家父長制を超えて〜

第3部では、韓国の最新ブックトレンド。トレンド概要の説明と、代表的な作品が数冊ずつ紹介された。
(邦訳が出されていない本は、原著のタイトルも韓国語で並記した)

興味深い事例が10以上紹介されたが、ここではなかでも印象的だった3つ(「家父長制を超える」「当事者性」「独自スタイルの書籍・ムック・出版社」)をとりあげておきたい。

まずは、「家父長制を超える」がテーマとなっている作品。

2015年に『82年生まれ、キム・ジヨン』が出版されたのち(日本では斎藤真理子訳で2018年に出版)、韓国の出版業界では大きな変化がもたらされた。「フェミニズムの再到来」の年とされ、30代前半のホワイトカラーの女性を中心に、家父長制・異性愛中心の文化に強く抵抗する流れが生まれた。若い女性や同性愛者の苦しみを伝えるような作品が増えた。

・チャン・リュジン『仕事の喜びと哀しみ』(牧野美加訳、クオン刊)
韓国のシリコンバレー・パンギョで会社勤めをする若い女性を描いた作品で、風前の販売高を記録した。

⇒ http://shop.chekccori.tokyo/products/detail/1992

・パク・サンヨン『大都市の愛し方』(オ・ヨンア訳、亜紀書房刊)
同性愛作家で有名な著者による、若者の同性愛者を主人公にした小説だが、非常に人気を博している。

⇒ https://akishoboshop.com/products/9784750516738

・キム・ヘジンの『娘について』(古川綾子訳、亜紀書房刊)
母と二人暮らしをしている娘が、女性の恋人を家に連れてきたところから始まる物語。韓国の読者会でもっとも活発な討論の対象となる1冊になっているそうだ。

⇒ https://akishoboshop.com/products/9784750515687

『사랑을 멈추지 말아요(愛を止めないで)』
クィア文学を専門に出版している出版社QQから出版され、人気を集めている。

 

韓国の最新ブックトレンドその2 〜当事者性〜

次は、「当事者性」がテーマの作品。

韓国では近年、女性への性的暴力、パワハラなどの社会問題への関心が高まっている。そうした流れの中で、当事者が過去の経験を言語化し、共感を呼ぶと共に、社会問題を省察する本が多く出されている。

『김지은입니다(キム・ジウンです)』
忠清南道(チュンチョンナムド、韓国中西部)の同知事秘書をしていた女性による著書。同知事をセクハラで訴えてからの2年間がまとめられている。センセーショナリズムに陥らないよう、彼女自身の反省なども含めた内面にフォーカスがあてられ、淡々と綴られた文調が特徴的。

・『두명의 애인과 삽니다(二人の恋人と住んでいます)』
一人の女性が二人の男性の恋人と暮らす生活がつづられている。

『우리는 코다입니다 (私たちはコーダです)』
耳が聴こえない親を持つ子供たちの物語。

『우리가 우리를 우리라고 부를 때(私たちが私たちを私たちと呼ぶとき)』
N番部屋事件(*)を追跡していく女性の物語。
*N番部屋事件:オンラインチャットルームで女性の性的搾取や性的暴力被害のビデオが共有され、問題となった事件。

 

韓国の最新ブックトレンドその3 〜独自スタイルの書籍・ムック・出版社〜

3つめは、「独自スタイルの書籍・ムック・出版社」である。

『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』
日本でも2018年に最も売れたビジネス翻訳書である本著は、韓国でもベストセラーとなった。1つ1つはネット上などで簡単に手に入る情報ばかりなのに、それらを集めただけでこんなに売れる本になる。このことに韓国の出版業界はとても驚かされた。

⇒ https://bunkyosha.com/books/9784866510552

・民音社から『世代』
民音社から、年間3回発行されるムック。1冊あたり1つのテーマをとりあげられ、30代の人文学者による文章が10本程度掲載されている。人文学はもう売れないというのは出版業界の常識となっていたが、若者に人気を博し、発刊されるなり、5,000人の定期購読者を集めた。

『일간 이슬아(日刊イ・スラ)』
大変ユニークなモデルのエッセイ。20代の女性作家が、月間購読料を支払った読者に対し、債務に悩む日常を毎日記録し、メールで送るというサービス。もともと世代感覚に優れ、率直な文章を書く作家だったのだが、このサービスで一気に若者を中心に人気が出て、ベストセラー作家となり、債務もすべて返済できたという。

・電気かおり
30代前半の哲学者により、会員の購読料のみを経営の基盤としている出版社。この出版社の本は一般的な書店では買えず、購読料を支払った会員に1ヶ月に1冊ずつ哲学分野の本を送っている。読者あてに哲学部門の本を送っている。

 

読者とのコミュニケーションをどうやってとっていくか

イベントの最後では、韓国の出版社によるYoutubeの活性化について、触れられた。

昨今、韓国では出版関係者によるさまざまなYoutube番組がつくられている。

出版社の編集者やマーケティング担当者が直接出演して本を紹介する。他社と合同で番組をつくって相手の出版社の本をキュレーションする。著者同士が対談したり、著者が自著について語る。こういったYoutube番組が若い読者に大変人気がある。

このような流れを受けて、従来本づくりに関わるのは内向きな性格の人が多かったが、今後はより外向きの性質も求められるようになると考えられる。つまり、出版社の仕事として、これまではコンテンツを発掘し、本をきちんとつくり、書店との良好な関係性をつくるのが大事なことだった。しかし、これからはそれらに加えて、読者とのコミュニケーションをどううまくとっていくかも、ますます重要になっていく。

 

<視聴を終えて>

内容がぎゅうぎゅうに詰まった、とても密度の濃い2時間だった。最後のQ&Aには30分間も時間をとってくださり、参加者から活発な質問が飛び交った。

作家個人による日刊エッセイや、会員の購読費による出版社経営、出版社によるYoutube番組など、知らなかった興味深い取り組みも多く、大変興味深かった。また、ブックトレンドでは気になる著書が多数紹介され、イベントを聞きながら何冊もポチポチ購入してしまった。

次回のプログラムのテーマは「文芸編集者に聞く-SNS時代の本と編集者」。今回の最後の内容にも通じる興味深いトピックなので、次回も楽しみにしたい。

テーマ:日韓出版人交流プログラム「第2回 文芸編集者に聞く-SNS時代の本と編集者」
主催者:K-BOOK振興会
開催日:2021年5月21日(金)19:00〜21:00pm
ゲスト:出版社・文学トンネ編集者カン・ユジョン

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(文責:森川裕美)