●本書の概略
欲望や感情、夢や想像が禁じられた都市「仲裁都市」。生存のために合理化された都市で生きていく人々を通して、人間らしさの本質を問いかけるSF小説。
22世紀末、ペットが人間と同じ寿命を生きられるようにゲノム編集を行い、「リヌート」という動物が誕生する。しかしその後、世界大戦や異常気象により人口は減少の一途をたどり、リヌートの排泄物によって広がった致死率百パーセントの新型ウイルス「リヌートウイルス」に地球は汚染されていく。水も底尽きるなか、ドーム状の防壁で守られた「仲裁都市」が作られた。「モーセ」という名の人工知能が「仲裁者」として「実務者」である人間八万人を監視している仲裁都市。そこでは40歳で寿命を迎え、均衡剤という薬物により欲望や感情は統制され、夢や想像の内容を他人に話すと警告処置となり、7回の警告で不適格者消去、つまり強制的に死を迎えるという決まりがあった。
2692年、警告ゼロの無欠点実務者のセインは、医療実務者として入院している実務者のチャートを記録する仕事をしていた。そこで出会った入院中のレッドは、セインと見習い実務者のイポールに防壁の外に人間がいたと話す。仲裁都市の外には人間はいないと言われており、にわかには信じられないセインとイポール。ひそかに自分の世界を持っていたセインは、レッドと会話するなかで矛盾を感じ始める。人工知能にコントロールされることについて疑問を抱いていたレッドは、防壁の外に出ていくことを決意し、セインに一緒に出て行かないかと提案する。
レッドとセインは、二人を怪しんでいた実務者によって告発され、警告が7回になったレッドは不適格者消去される。そして、セインはイポールとともに防壁の外へ踏み出すのだった。
●目次
一章
二章
三章
推薦の言葉(小説家ムン・ジヒョク)
解説 恐怖を乗り越え、防壁の外へ (小説家パク・ヘウル)
作者あとがき
●日本でのアピールポイント
本作はSFアワード、ハン・ナグォン科学小説賞を受賞したヨン・ヨルムの長編小説である。欲望や感情が禁じられた都市というユニークな世界観のもと、恐怖を乗り越えて外へ踏み出す人々を描いている。
作品中に「合理化」、「合理的」という言葉がよく出てくる。感情を殺して生きていくことは合理的であるように思えるかもしれない。だが、果たして合理的な生き方に人間らしさはあるのだろうか。日々の生活のなかで人間らしさを忘れていないか、人間らしく生きることの意味を考えさせられる。
やや重ためのテーマを扱っているものの、希望が感じられ、余韻が長く残る作品だ。気づけば自分の気持ちに蓋をしてしまう、という人にぜひ読んでもらいたい。
(作成:橋詰理恵)