●本書の概略
シェフ歴27年(出版当時)、ウェスティン朝鮮ソウルの総料理長ユ・ジェドク氏が綴ったエッセイだ。仕事の合間に読んだ本39冊を紹介しながら、持論を展開している。
韓国料理にも欠かせない唐辛子と人生を紐づけ、人生も均衡と調和なくしては成り立たないと述べたり、演奏と照らし合わせ、料理も音楽も偶然が生み出す芸術的要素があると表現したり、そこには、ホテルのシェフならではの目線や感性があった。
本書には著者の家族も登場する。「食事は母の母の母から伝えられたある種の遺伝子」や「読書から母の味を思い出させてくれる」といった言葉たちが印象深い。また、家族で囲む食卓が大切であることを訴え、家族で料理をして食べることは家族の崩壊を防いでくれるとも語っている。そして、家庭からフードロスを減らすシステムを考える。そういった部分からも、著者の人間性やシェフとしての心構えが浮かぶ。
著者は読書を通して、初心を忘れない大切さを悟り、どんなシェフとして記憶されたいかを自問していく。本を読めば、人生にどれほどすばらしいことが起こるかを、著者の些細な日常のあらゆる局面から思い起こさせ、その描写が美しい。日常的な読書の効果を示す模範解答ともいえる1冊だ。
●目次
はじめに シェフと評論家のシュート
第1章 食
第2章 生
第3章 味
第4章 趣
●日本でのアピールポイント
超一流ホテルの総料理長である著者。本書で紹介されている本39冊のうち実に10冊が日本の書籍である。日本からもインスピレーションを受けている点が興味深い。山本紀夫、鈴木尚子、北大路魯山人、西加奈子、佐藤剛史、西川治、辺見庸、森拓郎、小国士朗、平松洋子……料理に関する書籍ではあるが、書き手の職業や性別、世代はバラバラだ。著者がいかに広い視野で仕事に向き合っているかがうかがえる。
たとえば、北大路魯山人の『魯山人の料理王国』(文化出版局)から「真のシェフは自分の哲学を持っていなければならない」と学び、直木賞作家・西加奈子の『ごはんぐるり』(NHK出版)からは「命」を意識する。
また、著者とは関係はないが、2024年は料理サバイバル番組『白と黒のスプーン〜料理階級戦争〜』が韓国で社会現象となった。トップクラスのシェフ20人と無名のシェフ80人が料理対決を繰り広げる内容だ。彼らの料理を掲げた商品や彼らが運営する飲食店がたちまち人気を博し、トレンドに。シェフという職業が改めて深く認識された。
Netflixで配信され日本でも話題になったことで、そこから韓国の食文化に興味を持ち始めた人も多いと予想する。また、本と人生をつなぐ本書、本好きの人にも何かささるものがあるのではないかと思う。
(作成:西嶋 広美)