●本書の概略
8万部を超える『朝には死を考えるのが良い(未邦訳)』他、累計20万部以上のエッセイ本で知られるエッセイスト、キム・ヨンミンの短文エッセイ集。
最も短いものは1行。2007年から2024年までの17年の間に書き留めた中から365編を選んで収録した。格言のように語られる言葉、身近なものについての感想、日記などがすっきりとした短文にまとめられている。文章は短いが感情や考えはたっぷり詰まっている。人生や日々の出来事について鋭く深く考察していて、哲学的でもあるが笑いもあり堅苦しくはない。
カバーの絵はイラストレーター安西水丸の『青りんご』で、カバーを外すと青りんご色の表紙に、題名と『青りんご』が金で箔押ししてある。しおりも光沢のある青りんご色だ。
冒頭の発文では、アドリブから派生した造語「ドリップ(드립)」という言葉についての持論を11ページにわたって展開している。理不尽さや不条理を感じる様々な言葉に屈服しないためにドリップが必要で、ドリップを通して初めて表現できる人生の真実があると。例えば「君を愛している」と言われて「私も私のことを愛してる」と答えるのが、彼の考えるドリップだ。
1部の「心がとどまるところ」では、生き方について問い、感情について考察している。2部の「頭がとどまるところ」では学ぶこと、教えること、大学について、3部の「感覚がとどまるところ」では、映画、美術、マンガ、文学など芸術全般と、旅行について書かれている。
●目次
発文 自己考察的ドリップの世界へようこそ
1部 心がとどまるところ
2部 頭がとどまるところ
3部 感覚がとどまるところ
●日本でのアピールポイント
著者は50代後半だが、表紙の青りんごのように爽やかで軽やかな文だ。ほとんどのページは余白が半分以上あり読みやすいが、淡々と通り過ぎることができない。何かに気づかされ、考えさせられる。クスっと笑えたり、胸に刺さる言葉があり、付箋を貼っておきたくなる。人生についての考察が短く表現されているところは、スヌーピーの漫画や相田みつをの作品に似ている。日本でスラムダンクを全巻買ったことや、明治神宮を見て「人間にはどれほど大きな慰めが必要なのか」とつぶやくなど、日本のことがたびたび登場するので、日本の読者にも親しみやすいだろう。
どこからでも気軽に読めて心に響く言葉がみつかる365編の短文。読んだ後、心が軽くなる本である。
(作成:新井佐季子)