あまりにも多くの夏が(너무나 많은 여름이)

原題
너무나 많은 여름이
著者
キム・ヨンス
出版日
2023年6月26日
発行元
レジェ
ISBN
979119672201203810
ページ数
301頁
定価
16,000ウォン
分野
小説

●本書の概略

李箱文学賞をはじめ数々の文学賞を受賞している韓国を代表する作家のひとりキム・ヨンスのベストセラー短編集。本書は朗読会のために書かれた作品を収録したものである。各作品は著者が読者に直接読み聞かせるたびに少しずつ書き直され、新しく変わり続けた。表題作「あまりにも多くの夏が」をはじめ、20篇もの作品が収録されている。

「ぬれないで水に入る方法」 シン・ギチョルは芸能番組で活躍しているお笑い芸人であるが、医療事故で妻を失った後からパニック障害を患っていた。撮影を終えた直後、彼はパニック障害に襲われる。その症状から逃げるように済州島行きの飛行機に乗り込んだ彼は、1人の客室乗務員に助けられる。その客室乗務員が与えてくれた理由のないやさしさは、彼の人生のプロットを完全に変えてしまう。誰かの理由のないやさしさは、1人の人間を救ってくれることがあるのだと気づき、その経験を小説にする。「私のあとからくる人は、いま絶望に倒れ泣いている表面下に自分の知らない可能性の世界が存在するという事実に気づいてくれたらと思います。望めばいくらでもその世界を実現させることができるという事実に。ただ、理由のないやさしさだけで」

「あまりにも多くの夏が」(表題作)コロナ19が蔓延していた2020年2月、小説家の私は母の臨終を見守るために病院へかけつけた。母の病室に向かうエレベーターの中で私の頭の中に「なぜ私はここにいるのか」という疑問が浮かぶ。死ぬ瞬間に後悔したくないと思ったアメリカ人のヘンリー・デイヴィッド・ソローが自給自足の生活をしながら驚異的な世界を手に入れた話、乳癌を患った日本人宮野真生子が磯野真帆との書簡のやり取りを通して自身の死を新しい始まりとして受け入れた話、アウグスティヌスの愛する方法について、私が幼かった頃の母の記憶……たくさんの思いが走馬灯のように駆け巡る。エレベーターのドアが開き、ベッドに横たわる母が目を覚まして私たちを見つめた。その表情をみたとき私は気づく。自分の欲望に応えようとする心から抜け出し、子供を見守る母親のようにじっと見守っていれば、新しく広がる世界を手に入れることができることに。「間違った選択はない。間違って起こることもない。それゆえに、愛しなさい、そしてあなたが望むことを行いなさい」

●目次

2度目の夜
私1人だけ笑うわけにはいかないから
夏の終わりの息吹
若い恋人たちのための遊園地ガイド
初夏
ボイラー
その間に
僕らのシャドーイング
ぬれないで水に入る方法
夜にはひたすら歩いた
風化について
危険な再会
関係性の水
ほんの一握りの人生
また風が吹いてくることを
ときどき雪
私と同じ光をみている?
川に飛び込んだ魚のように
そこの黒い部分に
あまりにも多くの夏が

作家のことば

あまりにも多くの夏が_プレイリスト
朗読会が開かれた書店と図書館

●日本でのアピールポイント

キム・ヨンスという作家を知らなかった人が彼についてもっと知りたくなるような作品。なぜなら読んだ人にしか分からない、理由のないやさしさがちりばめられているからである。国や人種、時代が違っても私たちには共通する悩みがある。昨日よりも今日よりも、明日はもっとよくなりたい、人生を生きる意味や人生について。本書が確かな答えを与えてくれることはないのだが、こういう考え方もあるのだと投げかけてくれる。読み進めていくたびに人生のヒントになる言葉、やさしさに出会うことができるため、広い世代から共感を得ることができるだろう。
いくつかの作品には「鶯谷駅、北海道」などの日本の地名や日本語、日本人が登場するので日本の読者にも親しみやすい。また作品の長さが多様なので飽きることなく新たな気持ちでページをめくることができ、読書が苦手と感じる読者にもおすすめできるだろう。
本書の最後には朗読会で流していた音楽のプレイリストが掲載されており、音楽を聞きながら読書を楽しむことができる。

( 作成:清水綾子)

キム・ヨンス
1993年『作家世界』で詩を発表し、1994年長編小説『仮面を指して歩く』で第3回作家世界文学賞を受賞し作家として活動を始める。2001年『グッバイ、李箱』で東西文学賞を受賞しその後も、東仁文学賞、大山文学賞、黄順文学賞、李箱文学賞など数々の賞を受賞している。邦訳作品に『世界の果て、彼女』(呉永雅訳、クオン新しい韓国の文学、2014年)、『ワンダーボーイ』(きむふな訳、クオン新しい韓国の文学、2016年)、『僕は幽霊作家です』(橋本智保訳、新泉社韓国文学セレクション、2020年)、『夜は歌う』(橋本智保訳、新泉社韓国文学セレクション、2020年)、『四月のミ、七月のソ』(松岡雄太訳、駿河台出版社、2021年)、『ニューヨーク製菓店』(崔真碩訳、クオン韓国文学ショートショート、2022年)、『波が海のさだめなら』(松岡雄太訳、駿河台出版社、2022年)、『七年の最後』(橋本智保訳、新泉社、韓国文学セレクション、2023年)がある。