●本書の目次と概略
本作は「街の本屋」をめぐるアンソロジーで、5人の人気作家の手によって本屋にまつわる5つのストーリーが展開している。
それぞれの作品を紹介する。
キム・ソラ 「本屋四次元と怪物ぐるぐる」
イ・ミジが通う中学校の校庭に、ある日突然ぐるぐる回る球体の怪物があらわれた。同じ頃、ミジの秘密のアジトにも次元をワープする本屋が出現する。本屋とともにワープして来た少女イェウンの話では、その本屋は未来の売れっ子作家イ・ミジ一人のためにつくられた書店らしい。ミジが将来書く小説の主人公、美少年ヒョンジェは怪物ぐるぐるを倒すことができるのか。
イ・ジン 「モノクローム・ハートを探して」
WEB小説にハマっているスロンが、未完のファンタジー小説『モノクローム・ハート』を探しに訪れたのは「墓場書店」。そこは「自分を買って」と口々にうったえる本たちの墓場だった。墓守のハルモニや、作家から見捨てられた『モノクローム・ハート』と心を通わせるうちに、スロンの心にも変化が訪れる。
イム・ジヒョン 「ピンクラビットバッグと深夜書店」
いつもクラスの中心にいるヘミの機嫌をとる一番の方法は、カフェのノベルティ「ピンクラビットバッグ」を手に入れること。しかし、そのためには早朝から行列に並ばなくてはならない。いっそのこと徹夜をしようと「私」が訪れたのは「深夜書店」。客は必ず全員共通の「今日の本」を買って、それを読みながら朝までの時間を過ごす、風変わりなシステムだ。「私」以外のその日の客は、定年間近の紳士と就活中の青年。同じ本を読み、語り合う中で、客たちはそれぞれの人生の意味に気づく。
チョン・ミョンソプ 「ある日突然本屋の幽霊」
読書が大の苦手な少年イドゥンは、ある日、イェジン姉さんが営む街の本屋「午後の陽射し」の前で交通事故に遭い、意識不明に。本屋の幽霊になったイドゥンは、担当の天使から外に出ることを禁じられる。本屋がなくなれば、イドゥンの魂も消滅するのだ。イドゥンは猫のアリーナの力を借りて、家賃が払えず存亡の危機に瀕している本屋の立て直しに大奮闘する。
チョ・ヨンジュ 「クリリンを盗む一番パーフェクトな方法」
両親と立ち寄った中華料理店で、クリリンのフィギュアを盗んだ少年ヘファン。翌日、謝罪とフィギュアの返却のために店を訪ねるが、その日はあいにく休業日。フィギュアを預けようと立ち寄った隣の「オタク書店」で、あろうことか、欲しかったガンプラと引き換えにクリリンを渡してしまった。後悔したヘファンはあの手、この手でクリリンを取り戻そうとするが……。万策尽きてようやく勇気を振り絞ったヘファンが聞かされたのは意外な事実だった。
●日本でのアピールポイント
「街の本屋」をめぐるアンソロジー。本よりもスマホや動画サイトが身近な今の時代に「街の本屋」の原風景を持たない若者に向け、『ギター・ブギー・シャッフル』(岡裕美訳/新泉社/2020)のイ・ジン、『消えたソンタクホテルの支配人』(北村幸子訳/影書房/2022)のチョン・ミョンソプなど、5人の人気作家の手によって本屋にまつわる5つのストーリーが展開する。「四次元書店」「墓場書店」「深夜書店」「幽霊書店」「オタク書店」一見全く関係のないように見える5つのストーリーを通じて、読者が自然に「本屋」という場が持つ不思議な魅力に引き込まれる仕掛けになっている。
『韓国の「街の本屋」生存探究』(ハン・ミファ著・渡辺麻土香訳 2022クオン)では、奮闘する韓国の「街の本屋」のリアルな実態が描かれ、日本でも話題を呼んだ。本書は「街の本屋」に出会って心を開き、成長していく主人公たちの姿を通じて、大人の読者には「街の本屋」への郷愁を、青少年に対しては未知の世界への扉をプレゼントしてくれる。
(作成:中村晶子)