●本書の概略
「壊れゆく本の時間を止める修繕家の作業日誌」
旅先の古本屋で買った小説、落書きだらけの児童書、幼い頃に繰り返し見てばらばらになった古い国語辞典。本書は、ソウルの延南洞にある工房で本の修繕に従事する著者が、個人から依頼をうけて修繕した数々の本にまつわるエピソードを綴った一冊である。100年以上前の本から、新品同様でどこが破損しているのかひと目ではわからない雑誌まで、持ち込まれるものは様々だ。それらをじっくり観察し、依頼人との対話から彼らの思いを汲み取って、再び美しい冊子に仕上げるまでの作業の記録が、落ち着いた筆致で綴られる。すべてのエピソードに添えられた修繕前と修繕後の写真からは、著者の誠実な仕事ぶりがうかがえる。
定額制電子書籍サービスを提供する『RIDI Select』のウェブサイトに2020年9月から2021年5月まで掲載された文章21編と、新たに書き下ろした9編を収録。
●目次(主なタイトルを抜粋)
プロローグ 私の職業は本の修繕家
生き残った本 『‘89施行 改正ハングル正書法収録国語大辞典上・下』
落書きという記憶装置 『シンデレラ』
「修繕」と「復元」の違い 『Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror』
次世代に残す本、心をこめて 『韓・英 聖書全書 改訳ハングル版』
仕立屋の気持ちで 『Breakfast at Tiffany’s』
時間の痕跡を観察すること 『FOYERS ET COULISSES—OPERA Vol.1〜3』
バターと小麦粉の跡が積み重なりますように 『Recipes from Scotland』
崩れゆく本の時間を止める 『The Sign of Four』
一字一字したためた心が住まう家 『千字文』
破損という勲章 『The Manchester United Opus』
消耗品と備品の境界 『玉篇』
古い本のための子守唄 『キム・スジョン漫画全集』
ある愛の記憶 『ハリー・ポッター』シリーズ
●日本でのアピールポイント
電子媒体の普及に伴い読書スタイルは多様化した。『電子書籍ビジネス調査報告書2021』(インプレス総合研究所)では、2020年国内における電子書籍利用率は45.3%と報告されている。一方で紙の本はいまだに多くの消費者に選ばれている。
本が物である以上、経年劣化は免れない。日光やカビ、虫や飲食物による汚れなど破損の理由は千差万別で、修復の仕方もそれぞれに異なる。著者はそれらをひとつひとつ確認し、気が遠くなるような作業を重ねて本を仕上げてゆく。本書では、普段あまり知ることができない書籍修復作業の工程を垣間見ることができる。
著者は、職人であるだけでなくブックアートの専門家でもある。工房に持ち込まれる本には、依頼人の強い思い入れが感じられるものが多い。著者によって提案される新しい本のかたちは、本の現在と過去をつなぎ、依頼人の記憶をも丁寧に装丁しているかのようである。特別な一冊に仕上げることで「壊れたものが直った」以上の価値が生まれる。著者が屋号に「復元」ではなく「修繕」ということばを選んだ意図もここにある。
本書は、工房での作業日誌であると同時に、本にまつわる個人の記憶について観察し記録した優れたエッセイでもある。本好きと聞けば、読書が好きとの意味で捉えることが一般的だろう。しかし、古くなった本に愛着を持つエピソードの数々は、物としての本の魅力を新たに教えてくれる。
読後は誰しも、自分の書棚を改めて眺めてみたくなるだろう。
(作成:柳美佐)