月まで行こう(달까지 가자)

原題
달까지 가자
著者
チャン・リュジン
出版日
2021年4月15日
発行元
チャンビ
ISBN
9788936434496
ページ数
364ページ
定価
14,000ウォン
分野
小説

●本書の概要

『仕事の喜びと哀しみ』でチャンビ新人小説賞を受賞したチャン・リュジンの初の長編小説。刊行翌日に4刷となるなど大きな反響を呼んでいる。主人公は大手製菓会社に勤めるタヘ、ウンサン、チソンの女性3人。それぞれ部署は違うが、20代後半、独身、経済的余裕がなく、ワンルームで一人暮らし、定期採用ではないため同期の仲間がいない、業務評価はいつも「無難」ランク、と共通点が多く、自然と仲良くなる。財テクに興味のあるウンサンは仕事のかたわら仮想通貨イーサリアムへの投資を始め、おもしろいように儲かるためタヘとチソンにも勧める。最初は拒否感を示していた二人も、ウンサンの儲けっぷりを見て結局、投資を始める。儲けた金で一緒に旅行したり、時には本音をぶつけ合って衝突したり、通貨価格のアップダウンに一喜一憂したりしながら、最終的にはウンサンが33億ウォン(約3億2千万円)、タヘとチソンも2億~3億ウォン台の利益を手にする。ウンサンは退職してビルを購入、タヘは学資ローンを完済、チソンは起業の準備を始めるなど、それぞれ新たな道へと歩きだす。タヘも退職を望んでいたが、いざまとまった金が入り、いつでも辞められると思うと会社に通うのが前ほど嫌ではなくなり、「とりあえず続けてみよう」と考える場面で終わる。タイトルは、月に達するほど仮想通貨の価格が急上昇することを表す業界での俗語「To the Moon」にちなんだもので、3人はこれを合言葉のようにしていた。

●目次

1部

2部

3部

●日本でのアピールポイント

毎日同じことの繰り返しで、無茶を言う上司に振り回され、真面目に働いても「底の抜けた器に水を注ぐ」ように金は残らず、将来への夢も満足に持てない。日本でも珍しくない20~30代の会社員の姿がリアルに描かれており、特に同世代の読者の共感を呼ぶのではないだろうか。しっかり者のウンサン、常識的で冷静なタヘ、おっちょこちょいのチソンという個性豊かなキャラクターも魅力的だ。仮想貨幣の価格がアップダウンする様子(日付や価格は実際のチャートが反映されている)には読んでいる方もハラハラし、まるでドラマを見ているようにこの先どうなるのかとぐいぐい引き込まれる。単に一攫千金に成功したという夢物語ではなく、職場や社会の不条理や差別、格差に耐え、互いに支え合い、涙ぐましいほどつつましく暮らしていた主人公たちの日常も描かれていて現実味がある。悩みや苦労を抱えながらもたくましく生きていく若者の姿からは希望が感じられ、ほっこりと心温まる読後感が残る。無茶を言う上司も実は、リストラに備えてこっそりバリスタ教室に通っているという描写からは韓国社会の厳しい現状もうかがえる。仮想通貨についての知識がなくても問題なく読める。

作成:牧野美加

チャン・リュジン
1986年生まれ。延世大学で社会学を専攻。2018年に短編集『仕事の喜びと哀しみ』(牧野美加訳/クオン/2020)でチャンビ新人小説賞を受賞しデビュー。ほかに、第11回若い作家賞、第7回沈薫文学大賞を受賞。