●本書の概略
療養保護士である著者は、認知症や寝たきりで手厚い看護が必要なお年寄りを「ミューズ」「ゼウス」と呼ぶ。懸命に人生を生き抜き、いざ生と死の境にさしかかった彼らを神々に置き換えることで、自分が行うケアが、より優しく、礼儀正しくなることを願うからだ。
療養院の過酷な労働環境にあっても、担当するミューズやゼウスに誠心誠意向き合い、心の声に耳を傾け、可能な限り人間としての尊厳を守ろうとする。しかし現在の制度の下では、そのような介護は介護者の心身をひたすら疲弊させるばかりだ。著者もまた、そうした現実の前で打ちひしがれ、孤立し、傷つき、ついには挫折する。
冒頭では療養院での日々が語られ、その後、ボランティアに始まって現在の訪問介護に至るまでの道のりが、時に自身と家族の話も交えながら事細かに語られる。それは療養保護士として、人として、何事にも誠実に向き合う著者の、思いの全てが詰まった魂の記録だ。
※療養保護士……日本では介護福祉士やホームヘルパー1級・2級にあたる。
●目次
プロローグ
1部 療養院での一日
2部 ボランティアから療養保護士になるまで
3部 デイケアセンターでの一日
4部 在宅訪問介護の日々
5部 私は療養保護士です
書面インタビュー
エピローグ
●日本でのアピールポイント
日本の書籍の翻訳家であるイ・ウンジュが、優れたエッセイストでもあることを示した。
彼女の文章は思わず顔をそむけたくなるような空間を、静謐で温かく、尊厳に満ちた空間に変えた。韓国の読者もこの点を高く評価しているようだ。高齢化率が世界一高い日本では、すでに関連する書籍は枚挙にいとまがないが、現役の介護従事者が著した、これほど文学性の高いエッセイは他に類を見ないのではないか。著者とミューズたちとの心の交流を描いたくだりでは、自分が本当に受けたい介護とは何かを改めて考えさせられる。
本書は、出版を念頭に、随時ブログに綴った文章をまとめたものだ。その時々の出来事や感情が、確かな文章で物語のように語られ、読み応えがある。また、辛いときに慰められた詩として、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の全文が紹介されるなど、若き日の6年間を日本で過ごし、言葉や文化に精通した著者の作品は、日本の幅広い層の読者に親近感を持って迎えられるだろう。
作成:大窪千登勢