『釜山は広い』(ユ・スンフン著)

原題
부산은 넓다
出版日
2013年10月14日
発行元
クルハンアリ(글항아리)
ISBN-13
978896735072
頁数
442
判型
A5

前回(7月24日)は、ソウルの奥深い魅力を再発見できる『서울은 깊다(ソウルは、深い)』をご紹介しましたが、今回は、釜山の魅力を再発見でき、ぶっきらぼうで人懐っこい釜山人に会いにいきたくなる、『부산은 넓다(釜山は広い)』を紹介します。釜山に魅せられた著者が、釜山に生きる人たちと同じ目線で歴史を振り返り、今を見つめ、釜山がどのように形成されていったかを綴った作品です。

●概略 

 釜山博物館で展示企画を担当する学芸員で、歴史民俗学者でもある著者が、釜山という街が、激動する歴史の流れの中でどのように 形成されていったのかを検証したものだ。
 人々の考え方や言葉、時間と空間などを研究し人間の本質を探究する人文学に基づき、 釜山という街の成り立ちを解き明かした。できるだけマクロ的なことよりミクロ的なものを中心に釜 山という街へのアプローチを試みている。
 豊臣秀吉の朝鮮侵略があった日本に対し、交隣の立場から設置することになった倭館、東莱温泉の農心ホテルに佇む老人象、影島大橋の大量投身自殺事件、チョー・ヨンピルの「釜山港へ帰れ」など、釜山の片隅に押しやられた素材 に光をあてることで、釜山の歴史と文化を読み解いたのが本書だ。
 釜山といえば大きなコンテナ船や、海雲台の海水浴、青い海に囲 まれた都会というイメージで想い起こされるが、海だけで広い釜山を 説明するのはどこか物足りない。 釜山が広いというのは、 釜山の歴 史的な懐の広さであり、釜山の文化的幅も広いということだ。港町釜山は海洋文化と内陸文化が交わるところでもあったので、その懐は広くならざるを得なかった。その広さを再認識できる作品である。

●目次

第1部 「釜山港へ帰れ」ー釜山は港だ
チョー・ヨンピルは何故「釜山港へ帰れ」を歌ったのか/倭館設置は間違っていたか/影島おばあちゃんは何処から来たのか/機張郡の 東海岸別神儀式は、豊漁祭か
第2部 「がんばれクムスン」ー避難と失郷の釜山
蜜茶苑時代の幕開け〜臨時首都のカフェと文学〜/なぜ彼らは影島大橋で身投げしたのか/釜山冷麺の発祥/映画「1番街の奇跡」 は、釜山サンドンネ(山肌に作られた低所得層住宅地)の奇跡か
第3部 「○○ですよ」ー釜山文化の誕生
釜山文化の誕生 釜山のカラオケで歌われる「○○ですよ」/サツマイモがくれた焼酎/「チョウムチョロム」/東莱温泉の老人像のモデル/海雲台海水浴 場で泳ぐ

●試訳

 試練を克服するチョー・ヨンピルの粘り強さは港の精神に通じる。 よく釜山の人文的な精神として挙げられるのが、海洋性・開放性・民 衆性だ。海と陸地に続く要所の釜山港は荒々しいが、開かれている のが特徴だ。釜山港からは人と物資だけでなく、文化も流入され る。すべての文化を開放的に受け入れる釜山港は、いくつかの文化 を混ぜ合わせて、新たな文化を創造する役割を担っている。京畿道 の華城出身であるチョー・ヨンピルが「チョー・ヨンピル影」バンドを結 成して釜山で活動したことや、釜山で流行した『釜山港へ帰れ』が、 全国に広まっていったのは偶然ではない。釜山港の開放性とは、ただ トビラを外しておく受け身型ではない。過去の文化に新たな文化を加 味し、異なる文化を創造する積極的な創意に近い。(50頁)

 倭館で朝鮮人との交渉が多かった小田幾五郎は、朝鮮人の飲酒習慣をよく知っていただろう。小田幾五郎が倭館で出会ったであろう朝鮮人は、釜山を含めた慶尚道の人々に違いない。彼は朝鮮人 が強い酒を飲んでも内臓が丈夫なのは肉食のためと書いた。医学的に は少々疑問も残るが、強い酒を好む朝鮮人の飲酒習慣についての興 味深い資料と言えよう。
 また彼は、朝鮮人の食習慣を声と関連付けて愉快に解き明かし た。以心伝心、このあたりで私も吹き出してしまった。日本人の小田幾五 郎がそうであったように、ソウルっ子の私も釜山の人たちの会話を聞 くと喧嘩しているようにしか聞こえないからだ。(64・65頁)

●日本でのアピールポイント

 日本で紹介される釜山は、観光的なものか経済的なものがほとんど。 韓国国内でも釜山といえば、韓国第2の都市、韓国最大の貿易港、 観光地、リゾート地など、大都市釜山の表の顔を紹介したものばかりである。
 「東海岸別神儀式」に魅了され、釜山文化の研究を始めた著者ユ・ スンフンは、荒い気性の中にもおおらかさを秘めた釜山人の気風にほれ込み、彼らが築いた釜山の街の魅力を歴史的な側面と生活者の 視点で描いた。本書を片手に誰も知らない釜山を旅してみませんか?

著者:ユ・スンフン(유승훈)
釜山博物館学芸員、民俗学研究者。 2004 年、ソ\ウル市文化財課から釜山 博物館に移籍。 2007年、 高麗大学大学院で文学博士号取得。 2012年、 『 小さくて大きい韓国 史・塩 』で 第53回韓国 出 版文化賞受賞。そのほか、『 韓国の製塩業と塩の民俗 』『 遊びの文化史~遊ばずにいられようか~ 』『釜山ー旅行者のための都市』など 著書多数。