●本書の概略
通信会社の現場で26年働いてきた彼は成果の低い社員と判断され、教育を受けるようになり、最後には肩叩きにあう。退職勧告を拒否すると営業への辞令が下るが、そこでも警告を受け続けた彼はやがて地方都市へ異動になる。
会社は監視や低評価で何とかして退職に追い込もうとするが、彼は会社に残ろうとしがみつく。進学を控えた高校生の息子、借金やローンの返済、老いた義親の治療費、実家の修繕費。一家の家長として生きる彼に「退職」という選択肢はないのだ。
同じ境遇にある同僚は耐えきれずに次々と辞めていく。彼は労働組合にも参加して対抗するが、本社の下請けの社員として辺鄙な場所に追いやられる。反対する住民の妨害を防ぎながら基地局を設置するのが、そこでの彼の仕事だ。尊厳も階級もない職場で、彼は名前ではなく9番と番号で呼ばれるようになる。5番や7番とともに時には暴力も行使しながら、基地局の設置に反対する老人たちに対応していくうちに彼は村の宿敵となる。
耐えかねて一人、また一人と辞めていく中、会社からのあらゆる嫌がらせや侮辱、羞恥、屈辱に挫折しながらも、彼は最後まで9番として生き残ろうとする。
●日本でのアピールポイント
前作『娘について』では女性の弱者に焦点をあて、労働や同性愛、老いについて書いたキム・ヘジン。本作では男性の主人公が会社という組織の中で、やはり弱者として生きる悲哀を描いている。韓国社会の抱える闇の部分を俯瞰的な視点で切り取る手法に定評がある作家だが、本作もやはり登場人物に名前を持たせず、どこにでもあり得る現実的な問題として9番の悲哀が淡々と綴られていく。人生の大部分の時間を占め、誰にとっても身近な存在である仕事をテーマに、簡単には解けない宿題のような読後感を抱かせる作品。
作成:古川綾子