港の愛(항구의 사랑)

原題
항구의 사랑
著者
キム・セヒ
出版日
2019年6月14日
発行元
民音社
ISBN
9788937473210
ページ数
176
定価
13,000ウォン
分野
長編小説

●本書の概略

実在のアイドルを主人公にしたファンフィクション、イバン(異般・二般)と呼ばれる同性愛、熾烈な受験戦争。2000年代初頭の港町に暮らす女子高生たちの息苦しくも鮮烈な日々は、大学や都会という大海原への旅立ちとともに新たな幕を開ける。誰もが一度は経験する、甘酸っぱい青春の日々を描いた成長物語。

小学校の生活になじめずにいた私を助けてくれたのは、陽気で明るい女の子のイニ。2人は別々の中学に進学するが、イニは「明るい場所へと私を引っ張り出してくれたデミアン」として私の記憶に残る。

月日は流れ、進学校の真面目な女子高生だった私に転機が訪れたのは文化祭だった。舞台の練習を重ねるうちに、私は主役を演じるミンソン先輩に特別な感情を抱くようになる。ミンソン先輩のことを「あんたがのぼせあがるほど価値のある人間じゃない」「醜女じゃん」と冷ややかに言い放つ友人の言葉に、私の恋心はいっそう燃え上がるのだが……。

友だちなのか、イバンとしての恋愛なのか、はっきりしないミンソン先輩に狂おしいまでの恋心を感じる私だが、彼女の卒業と同時に恋は終わりを迎える。

一浪の末にソウルの大学に進学した私は、都会での新しい世界に圧倒される。アイドルの大ファンだったり、性的なことを何一つ知らないままファンフィクションに傾倒したり、男みたいな恰好をした女子を信奉したりしていた木浦での日々を封印して彼氏を作り、ハイヒールを履き、戸惑いながらも都会の若者として新たな一歩を踏み出す。

30歳になった私は作家になっていた。同性愛者の仕事仲間と当時の思い出話をしたのをきっかけに、小学校でイニと出会ったシーンを書き始める。久しぶりに木浦を訪れた私は当時を回想する。ずっと愛の物語を書いてきたはずだった。でも、思い出の砂浜に立ってみたらわからなくなった。ミンソン先輩への狂おしいまでの想いは、一体何だったのだろうと。

●日本でのアピールポイント

心の理解者を求めたり、恋に恋したりする思春期独特の感情が、女子高という閉ざされた空間の中で行われる期間限定のイバンへと彼女たちを走らせるのだろうか。序盤の伏線が回収されないままラストを迎えてしまった箇所が気になったが、誰もが一度は経験したことのある、甘酸っぱくもほろ苦い青春時代を振り返る成長物語として楽しく読める作品。先月にご紹介した著者のデビュー作『穏やかな日々』と共に、今もっとも韓国で注目されている作品の一つと言えるだろう。

作成:古川綾子

著者:キム・セヒ
1987年、朝鮮半島の最西南端に位置する港町の木浦に生まれる。ソウル市立大学国語国文学科卒業、韓国芸術総合学校大学院叙事創作科修了。 2015年に「浅い眠り」(『穏やかな日々』収録作)が「世界文学」に当選し、デビューを果たす。2018年に「穏やかな日々」で、第9回若い作家賞を受賞。本書が二作目にして初の長編小説となる、今もっとも注目されている若手作家の一人だ。