【優秀賞】『82年生まれ、キム・ジヨン』私達の社会はこのままでいい―訳がない/あだちしほりさん

【優秀賞】

あだちしほりさん

『82年生まれ、キム・ジヨン』
私達の社会はこのままでいい―訳がない

82年日本語「わたしもあなたも登場人物のひとり」―本書の帯に添えられたキャッチコピーの意味が、最初はよくわからなかった。しかし、読んでいくうちに、衝撃と、怒りと、絶望に襲われた。たしかに、私も「登場人物のひとり」であった。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は、一児の母である三十代女性、キム・ジヨンに突然奇行が現れたところから始まる。やがて彼女は精神科でカウンセリングを受けることになる。そこで彼女が医師に語ったことをまとめた「報告書」のようなものが小説の大半を占めており、それを通して、私達は客観的な視点で淡々と綴られるキム・ジヨンの半生を傍観していくことになる。

この小説の特異な点は、徹底的に俯瞰で描かれているということだ。フィクションにありがちなクライマックスやカタルシスは無い。しかしだからこそ、恐ろしいくらいにリアルである。キム・ジヨンが女性であるが故に直面する様々な不条理はあくまで日常的なこととして描写され、そのことがかえって読者の心を揺さぶる。これは本当に「日常的なこと」として受け止めていいことなのだろうか?と、すべての出来事が訴えてくるのだ。この小説を読んで、ずっと胸にしまいこんできた哀しみや悔しさを再認識した女性は少なくないと思う。

私は韓国映画がとても好きなのだが、その多くは、根底に「怒り」があるように思う。背景には韓国が辿ってきた歴史と、それによって形成された社会の構造があり、その歪みを告発し問題提起をすることが韓国映画に課せられた使命の一つでもある。

「82年生まれ、キム・ジヨン」は映画ではないものの、やはり明確な使命を持ってこの世に登場した作品のひとつだ。キム・ジヨンは一体、どうなってしまうのか?気になってページをめくる指が止まらないほどの娯楽性もありながら、「私達の社会は、このままでいいのか?」という問題提起も含んでいる。最終章はキム・ジヨンの担当医である男性の独白で終わるが、わかっているようでまるでわかっていない姿に絶望せずにはいられない。と同時に、これまで女性の間だけで共有されてきた憤怒を白日のもとに晒し、文芸として昇華させ、男性にも追体験させることができるような作品が登場したことは大きな希望である。この事実があるからこそ、読後には勇気が湧き上がってくる。私達の社会は、このままでいい訳がないからである。