『菜食主義者』(きむ ふな訳、クオン)、『少年が来る』(井手俊作訳、クオン)、『ギリシャ語の時間』(斎藤真理子訳、晶文社)、『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子訳、河出書房新社)など、数々の邦訳作品があり、日本でも大人気のハン・ガン。誰もが邦訳を待ち望んでいた彼女の初詩集『引き出しに夕方をしまっておいた』の日本語版が、翻訳家のきむふなさんと斎藤真理子さんの共訳により出版されました。
韓国語で紡がれた同時代の詩のことばを贈る、クオンの新しいシリーズ「セレクション韓・詩」の第1作目になります。
刻々と変わる朝焼けや夕焼けに包まれているような「静寂さ」、かさぶたになるまえの、生乾きの傷に薄い氷がぴたりと貼りついたような「痛み」、体に言葉が密着してくるような「身体性」を感じた詩集です。『ちぇっくCHECK』Vol.1の巻頭インタビューで、「詩は言葉と深くつながっていて、私にとってはとても個人的な執筆経験です」と、ハン・ガンさんは語ってくださいましたが、この詩集には、彼女が過ごしてきた時間が濃密に流れています。巻末に収録されている翻訳家対談「回復の過程に導く詩の言葉」では、韓国における詩の受容についてや、ハン・ガンさんについて、翻訳の苦労、共訳の愉しみなども語られています。装幀も美しく、大切に繰り返し何度も読みたくなる一冊です。訳者のお二人からメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。
初めて詩集を翻訳しました。詩は身近だったはずですが、いつの間にか少し距離ができていました。なので、ハン・ガンさんが20年もの間書いてきた作品の、その長きにわたる思いと深く広い重層的な詩語を前に緊張しました。それでもこの詩集とともに過ごしたことで、詩を熱心に読んでいたころのことや、ハン・ガンさんの小説について改めて考えることができました。
冷静でありながらはげしく、苦しいながらもあたたかく、突き刺さるようでありながらやさしく、暗闇のなかでも輝く言葉の数々に出会いました。斎藤真理子さんといっしょに感想や悩みを交わすことで得られたものだったと思います。コロナ禍のなかでの濃密な時間は、たいへん励みになり勇気づけられました。豊かな時間に心より感謝いたします。これからは読者の皆さんとその時間を共有できればと願っております。
この詩集をもって「セレクション韓・詩」シリーズがスタートします。「訳者のあとがきにかえて」でふたりが語っていた詩人の詩集とも会えるかもと思うと、いまからとても楽しみです。(きむふな)
きむふなさんとこの本を翻訳しているとき、「私たち、ごはん食べようね」と何度もメールで言い合っていました。ちょうどコロナ禍のさなかで、人と食事ができない時期だったんです。冒頭の詩「ある夕方遅く 私は」の最終行に「私はごはんを食べた」とありますが、そのことも念頭に置いて「そのうち一緒にごはんを」と励まし合いながら作業を進めました。そして、緊急事態宣言が解けたときに一度だけ、ふなさんとごはんを食べたのですが、人と食べる食事の何ておいしいこと。そんな大切な時間を経て完成した本を前に、感無量の一言です。
詩集『引き出しに夕方をしまっておいた』の世界は青く、ときに黒く、透明で、深い痛みが出口を求めて言葉を探しているようなイメージです。けれどもその根底には、湯気を立てている一杯のごはんの白さがあります。その意味でこの小さな本は、ハン・ガンの世界の見取り図を示しているのかもしれません。
一つ提案があります。韓国語学習者の方はぜひ原文も読んでみてください。難しい言葉はほとんど使われていないので、辞書をしっかり引きながら、一言一言に触れてみてください。新しい扉が開けると思います。(斎藤真理子)
「聴いて、読んで、楽しむ★K-BOOKらじお」第5回目のゲストは、きむふなさん、斎藤真理子さん。「詩」の翻訳、共訳に至った経緯や共訳時のエピソードなど語っていただきました。👉YouTube 👉Spotify
◆『引き出しに夕方をしまっておいた』関連イベント◆
『引き出しに夕方をしまっておいた』刊行記念―第一弾「翻訳者二人が語る共訳と詩とハン・ガン」
⇒ https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01ej82ymchf21.html
『引き出しに夕方をしまっておいた』刊行記念―第二弾「ハン・ガンさんと一緒に詩を味わおう」
⇒ https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/016b987a7mf21.html
『引き出しに夕方をしまっておいた』(ハン・ガン/ 著、きむ ふな、斎藤真理子 /訳、クオン)