『波が海のさだめなら』(キム・ヨンス/著、松岡雄太/訳、駿河台出版社)

現代韓国文学を代表する作家キム・ヨンスの傑作長編『波が海のさだめなら』(キム・ヨンス/著、松岡雄太/訳、駿河台出版社)が出版されました。パク・ボゴム主演のドラマ「ボーイフレンド」に登場し、話題になった作品です。主人公は、生後数か月でアメリカに海外養子に出された女性作家。本物の私とは何であり、自分のアイデンティティは何なのか悩んでいた彼女は、実母を探すために韓国へ渡ります。真実を求める旅は、日本、バングラデシュと続き、再び韓国を巡ります。自分の過去、人と人とのあいだの深淵をさすらう物語です。作品には金起林(キム・ギリム)や徐廷柱(ソ・ジョンジュ)などの詩とともに、登場人物のつくった詩も登場しますので、詩人キム・ヨンスを楽しむこともできます。訳者の松岡雄太さんからメッセージをいただきましたので、ご紹介します。

『波が海のさだめなら』はこれまでに邦訳出版されたキム・ヨンス文学の都合7冊目の単行本となります。キム・ヨンスは今、日本でもっともホットな韓国の作家と言えるかもしれません。ところがそんなキム・ヨンス文学は、実はやや難解で日本の読者にとってなかなかとっつきにくい作品が多いのも事実です。ですが、そうやってかつてキム・ヨンスに挑戦し挫折した経験者のかたにこそ本書はおすすめです。これまでとはまた違った、新しいキム・ヨンスの一面に気づかされることでしょう。もちろん本作が初キム・ヨンスであっても十二分にその魅力を楽しめます。綿密に練られたプロット(なので最初は状況把握に少々手間取りますが……)に加え、作中巧みなしかけがいくつも用意されてあるので、読み進めるうち、いつしかきっとみな著者の罠にかかっています。そして、その内容に比してすがすがしい読後感。希望はどこにあるのか。作品に込められたメッセージの受け取り方も読者ごとに違ってくると思います。 
 と、こうした作品ですから、簡単なあらすじや主要な登場人物などを私の口から紹介するのは控えておきます。本作をひとことで言いあらわすならば「ある養子児が自分の出生過程について調べようと故郷を訪問し、数多の秘密に接することに(なりながら苦労することに)なる」物語だそうです(キム・ヨンスのエッセイ集 『小説家の仕事』(p.59)(未邦訳)より引用)。詳細が気になるかたはぜひお手に取って実際に読んでみていただきたいです。読みながら(あるいは読了後)、みなさんには「ジウニ」のどのような声が聞こえてくる(いる)でしょうか? ちなみに邦訳8冊目も現在、橋本智保さんがご準備中とのこと。これからもしばらくはキム・ヨンスから目が離せなさそうです。(松岡雄太)

『波が海のさだめなら』(キム・ヨンス/著、松岡雄太/訳、駿河台出版社)