『イスラーム精肉店』(ソン・ホンギュ/著、橋本智保/訳、新泉社)

タイトルと装幀に目を奪われる『イスラーム精肉店』(ソン・ホンギュ/著、橋本 智保/訳、新泉社)。韓国でロングセラー、英語版とトルコ語版も出版された話題作です。孤児院を転々として体に無数の傷をもつ僕と、僕を引き取ってくれたハサンおじさん。ハサンおじさんは朝鮮戦争時に国連軍に従軍した元トルコ兵で、ムスリムなのに豚肉を売って生計を立てています。この二人を中心にして、ソウルのとある貧しい街を舞台に、社会から疎外された人々の日常を語る物語です。とても静かに淡々と物語は進みますが、それに反比例するかのように内容はとても深いです。僕やハサンおじさんをはじめ、食堂を営むアンナおばさん、吃音症のユジョン、戦争の後遺症で記憶喪失となった元韓国兵など、登場人物はみなそれぞれ「互いに違う世界に生きてる」属性を代表していて、どの人物も傷をもっています。傷を互いに理解しあえなくても、アイデンティティを認めて共生することの大切さをそっと語っています。また、朝鮮半島のあらゆる場所で銃撃戦が行われ、戦場になったことの傷跡、人に残した傷跡を改めて強く認識させられました。訳者の橋本智保さんからメッセージを頂戴しましたので、ご紹介します。

『イスラーム精肉店』は、ムスリムと精肉店という矛盾したタイトルに惹かれて手に取った本です。
この小説の登場人物たちは、みな何かの事件によって癒されない傷を負って生きています。
著者はそれらの事件をリアルに再現することはしません。
ただ、その〈傷〉をいたわるように、もともと互いに縁もゆかりもなかった人たちが、ある街で出会い、ともに暮らしながらゆっくりとつながっていきます。

彼らは現代史が自分の体に刻みつけた傷を記憶し、懺悔するのですが、それはある共同体の過去の歴史であると同時に、いまこの本を読む私たちの生きる世界でもあると思います。

私がとても好きな場面は〈僕〉が自分のスクラップブックを作るところです。
「僕の体には義父の血が流れている」と宣言する僕がこの世界を受け入れる方式なのですが、時間が経つにつれ、まったくの「他者」がそれぞれ寄り添い合い、いたわりあう地図のように見えてきます。この地図が現実の世界だったらいいなと、心から願います。(橋本智保)

『イスラーム精肉店』(ソン・ホンギュ/著、橋本智保/訳、新泉社)