『言の葉の森 ―― 日本の恋の歌』(チョン・スユン/著、吉川凪/訳、亜紀書房)

日本文学を翻訳する韓国の人気翻訳家チョン・スヨンが和歌をもとに日々の小さな感情や、翻訳家という職業について綴ったエッセイ集『言の葉の森――日本の恋の歌』(チョン・スユン/著、吉川凪/訳、亜紀書房)。小野小町に紀貫之、清少納言や紫式部など、日本人になじみ深い古の歌人たちによる和歌から生まれたエピソードはいずれも心をじんわりあたたかくしてくれるものです。和歌の解釈は人それぞれですが、詠われている喜怒哀楽について国を超えて共感し合える喜びを著者は教えてくれます。エピソードの冒頭に和歌と、著者によるその韓国語訳、訳者による現代語訳があります。韓国語訳は五七五七七になるよう工夫されていますので、韓国語のわかる方は声に出して読み、韓国語と日本語を行きつ戻りつしてみるのも面白いと思います。訳者の吉川凪さんからメッセージを頂戴しましたのでご紹介します。

「長からん心も知らず黒髪の乱れてけさはものをこそ思へ」という和歌を見て、玉川上水で入水自殺した太宰治の黒髪を思い浮かべるとは!
『言の葉の森』の著者チョン・スユン(1979~)は韓国における現代日本文学の翻訳家で、太宰治全集、宮沢賢治や茨木のり子、最果タヒの詩集などを訳しています。本書は日本の和歌65首を巡って綴られたエッセイ集で、それぞれの和歌には著者による韓国語訳がハングルで添えられています。著者は大学卒業後にいくつかの職場で働きましたが、ある時、もっと熱中できることを探そうと決意して日本に行き、早稲田大学で江戸川乱歩を研究しました。本書には、留学中に出会った人々のこと、翻訳の仕事をしているうちにそれが職業になっていくプロセス、ソウルのシェアオフィスでの出来事、63歳で芥川賞を受賞した作家若竹千佐子さんと「チサちゃん」「シュンちゃん」と呼び合うほほえましいエピソードなどが描かれています。日本の和歌を新たな視点で見直すきっかけになるとともに、翻訳を職業にしたいと思う人の参考にもなりそうです。(吉川凪)

『言の葉の森 ―― 日本の恋の歌』(チョン・スユン/著、吉川凪/訳、亜紀書房)