鄭芝溶詩選集『むくいぬ』(吉川凪/訳、クオン)

「朝鮮最初のモダニスト」「韓国現代詩の父」とも言われる鄭芝溶の詩選集『むくいぬ』(吉川凪訳、クオン)。自由な想像力と美しい言葉で書かれた詩からは望郷の念がしみじみと感じられます。また、「銀の滴(しずく)となって浮かぶ海雲雀(うみひばり)・・・・・・」「青竹の葉っぱ色の/海/春」(海1)、「蘭の葉は/むしろ水墨の色と言うべき」(蘭)、「果てしない涙の海を抱けば/葡萄色の夜が押し寄せる」(風浪漫1)、「虹色の日光が斜めに差す谷」「季節外れの躑躅の花がなだれ落ちてきて 私は全身を赤く染める」(躑躅)などからは、鄭芝溶の豊かな色彩感覚を感じ取れます。エッセイ「合宿」では女工や女給の窮状を、「鴨川」からは朝鮮人労働者の生活ぶりを読むことができ、とても興味深いです。訳者解説もとても充実していて必読です。訳者の吉川凪さんにメッセージをいただきましたのでご紹介します。

鄭芝溶(チョン・ジヨン)(1903?~1950?)は「言葉の錬金術師」と呼ばれた詩人北原白秋に少年時代から憧れ、同志社大学留学中には白秋主宰の雑誌に日本語詩を投稿し、一方では朝鮮語の詩においても感覚的で繊細な表現ができるよう、言葉そのものを研究しました。『鄭芝溶詩集』(文章社、1935)が出版された時、評論家たちは朝鮮から天才詩人が出たと大喜びし、文学青年たちはこぞって彼の詩風を模倣したそうです。尹東柱(ユン・ドンジュ)も、芝溶に憧れた青年の一人です。芝溶以前にも朝鮮語の口語自由詩はあったけれど、近代的な都市に生きる人の感情を美しく繊細な朝鮮語で表現した詩はそれまでなかったのです。人々はおそらく芝溶の詩を読んで、そんな繊細な感覚が自らの内面にあったことに気づき、震えたのでしょう。しかし芝溶の作品は軍事政権によって長い間発禁処分にされ、1988年に解禁されてからも、偏見や文壇権力によって正当な評価を受けられませんでした。この詩集で、快活な青年のきらきらした感性や、暗い時代を耐える詩人の心情を感じていただければ幸いです。(吉川凪)

鄭芝溶詩選集『むくいぬ』(吉川凪/訳、クオン)