『キャビネット』(キム・オンス/著 加来順子/訳 論創社)

『設計者』(オ・スンヨン/訳、クオン)がフランス推理小説大賞にノミネートされるなど、海外でも高い評価を受けているキム・オンスさんの『キャビネット』が、加来順子さんの訳で論創社から出版されました。第12回文学トンネ小説賞受賞作です。
作品の話者は30代の会社員。彼がみすぼらしくて古びた「13号キャビネット」の中のファイルを整理しはじめると、生物学と人類学で定められている人間の定義から少しずつ外れた〈シントマー〉の資料でいっぱい。シントマーたちの話35篇がオムニバス形式で綴られているのですが、どの話も荒唐無稽で何のつながりもないようでいて、でも読み終わってみると、ぴったりと「13号キャビネット」に収まるように組み立てられていることが分かります。「普通」や「常識」について考えさせられる、長篇小説っぽくない不思議な長篇小説です。
訳者の加来順子さんからメッセージを頂戴しましたのでご紹介します。

様々なアーティストやクリエイターの「〇〇の神さまが降りてきた」という言葉を聞いたことがありますか?この作品はまさに、存在しているけれど見えないものを見えるようにすべく〈降りてきた〉物語です。指からイチョウの木が生え、トカゲは舌と一体になり、ベッドの下ではワニが育っている――映画『シルミド』のラストシーンに登場するような古びたキャビネットには、世の中から忘れ去られたままひっそり生き続ける人々の記録がぎっしり詰まっています。「空気感染する致命的なウイルスの出現等々の理由によって人類が滅亡するかもしれないと想像したことはあるが、人間自身がつくりだした秩序のために自ら種(しゅ)の歴史から退くとは一度も考えたことがなかった」――2006年に生まれた物語が今、このタイミングで日本に降りてきたのは、ひょっとしたら偶然ではないかもしれません。先行き不透明な世界で生き延びるためには、自ら思い込んでいる、または方々から求められ、あるいは押しつけられる〈普通〉〈常識〉〈幸福〉を疑い、ときには思いきって捨ててみる――あなたの周りに、あなたの中に潜んでいるシントマーたちを探しに行きませんか?(加来順子)

『キャビネット』(キム・オンス/著 加来順子/訳 論創社)