『レモン』(クォン・ヨソン/著 橋本智保/訳 河出書房新社)

絶対的で圧倒的な美しさの姉が殺された。ゆっくりと墜ちていく母と妹。妹は自分自身を変えようと姉の顔に似せて整形手術を繰り返し、母はその手術費をあっさり出していく。幻覚に襲われる妹は容疑者の一人と会うことにするのだが……。「死を扱ったミステリーを書きたいと思った。その一方で深い喪失感に陥った人たちの痛みを書きたいと思った」(訳者あとがきより)という著者の二つの思いが合わさって生まれた『レモン』(クォン・ヨソン/著 橋本智保/訳 河出書房新社)。のこされた家族の喪失感と再生、加害者と思われる人々のその後の人生が、「祈り」「救い」「観念」とともに描かれています。訳者の橋本智保さんにメッセージを寄せていただきましたので、ご紹介します。

2002年の夏、韓国じゅうが日韓ワールドカップに熱狂するなか、ある公園で美貌の女子高生へオンの遺体が見つかった。『レモン』は、事件の容疑者だったハン・マヌが取り調べを受ける場面を、へオンの妹、ダオンが想像するところから始まる。その事件の真相を追跡するよりも、暴力的に残された人たちの生のゆがみを描いている物語だ。彼らは理由もなく過酷な生を強いられても生きていかなければならない。もともとのタイトルは、神の存在について、無知について問いかける『あなたがわからずにいるのです』だったのだが、単行本を出すときに『レモン』にしたのは、黄色いイメージが小説のなかに散りばめられていることと、哀悼の意味を込めたかったからだという。
前作の『春の宵』とはまた一味違う小説ですが、現代韓国の痛みを描く作家として定評のあるクォン・ヨソンの小説をぜひお楽しみください。(橋本智保)

『レモン』(クォン・ヨソン/著 橋本智保/訳 河出書房新社)