『ぼくは幽霊作家です』(キム・ヨンス/著 橋本智保/訳 新泉社)

他者を理解すること、他者との「疎通」に懐疑的な作家キム・ヨンスが、他者だけではなく、自分の過去、記憶、人生とも、さらにはもっともらしい歴史とも疎通できないとして書き上げた9篇の短篇集『ぼくは幽霊作家です』(橋本智保訳 新泉社)

別れた妻とソウルの路地を彷徨い偶然と必然について考える今の時代の男、朝鮮戦争の記憶を語る元中国人民志願軍兵士、王朝末期の朝鮮に赴くアメリカ人、真ん中を選ぶことは決して許されず、国家反逆者として処刑される朝鮮戦争下の女性など、9篇は時代も舞台も語り手もまったく異なります。9篇それぞれの語り手が語り得なかった真実とは何なのか。
訳者の橋本智保さんにメッセージを寄せていただきましたので、ご紹介します。

『ぼくは幽霊作家です』は『夜は歌う』と同じ頃に書かれたキム・ヨンスの短編集です。「ぼく」は記録された歴史の枠からこぼれ落ちた人たちの声に耳を澄ませ、彼らの影となって、彼らが話さずにはいられなかったことを、忘却されたくなかったことを私たちに語りかけます。

「不能説(ブーヌンシュオ)」では、中国人の占い師が自分の経験した朝鮮戦争について語り(中国人兵士のことはほとんど知られていません)、「さらにもうひと月、雪山を越えたら」には、映画「1987」を思わせるような不穏な空気が漂います。また「こうして真昼の中に立っている」では、朝鮮戦争のさなか、反逆者の疑いをかけられ死刑を目前にした女性が心の内をさらけだしています。

「ぼく」は読者に、どうか想像力を膨らませて聞いて(読んで)ほしいと声をかけてきます(キム・ヨンスがロマンティックな作家だと言われるのはそのためではないかと、私は思います)。彼らの語ることも果たして“真実”かどうかわかりませんが、耳を傾けていただけたらうれしいです。

 

『ぼくは幽霊作家です』(キム・ヨンス/著 橋本智保/訳 新泉社)