『ディディの傘』(ファン・ジョンウン/著 斎藤真理子/訳 亜紀書房)

『誰でもない』(晶文社)、『野蛮なアリスさん』(河出書房新社)(いずれも斎藤真理子さん訳)で強烈な印象を日本人読者に与えたファン・ジョンウンさんの『ディディの傘』(斎藤真理子訳)が亜紀書房より刊行されました。
2019年「小説家50人が選ぶ“今年の小説”」第1位に選ばれた本作は、セウォル号事件と、セウォル号事件の犠牲者と遺族に対するヘイト行為を背景に書かれた「d」と、朴槿恵大統領の罷免を願った「キャンドル革命」を背景にした「何も言う必要がない」の中篇連作小説です。訳者の斎藤真理子さんにメッセージを寄せていただきましたので、ご紹介します。

『ディディの傘』のようなものは訳したこともないし読んだこともなかった。この作品がどういうものか説明しようとしても到底うまくいかないし、何とか説明しようと努めるほどに、こちらの理解力や言語能力ではなく生きる姿勢を問われるようなものだという気がしてきて、なおさら言語化できなくなる。一冊の本の中に並んだ二つの物語がこんなにもまともに目を合わせて見つめあっていることも少なく、それだけでも驚異的だ。労働と思索と読書と闘争とを、どれが主でどれが副ということが一切ないままに一つ鍋でぐつぐつ煮立てたような書き物であり、こんなにも読む人に対して猛烈に思考を促す文章もないのだが、同時に強烈に感情を刺激する。読んだ方の多くが「これはいったい何なのだろう」「どうやったらこんなふうに書けるのだろう」とつぶやいているが、私も全く同意見でそれ以外の見解がない。「小説にはまだこんなことができるのだな」と思ったが、「こんなこと」の中身はこれからゆっくり考えるとしかいえない。何か桁外れの作品だと思う。

『ディディの傘』(ファン・ジョンウン/著 斎藤真理子/訳 亜紀書房)