『弛緩の姿勢』キム・ユダムさんトークイベント(韓国通信)

『이완의 자세(弛緩の姿勢)』の著者キム・ユダムさんのトークイベントが7月16日、チャンビ釜山で開かれました。「4人4色 小説トーク」最終回で、進行は文芸評論家のハン・ヨンインさんです。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、会場の定員をこれまでの半分の15人とし、最初の数分を除いてマスクを付けてのトークとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

キム・ユダムさんは2016年、ソウル新聞新春文芸に短編「ピンキャリー(pin carry)」が当選し、文壇デビュー。同作を含む小説集『탬버린(タンバリン)』は昨年、デビュー10年以下の作家を対象とする申東燁文学賞を受賞しました。現在、育児のかたわら、出版社チャンビのプラットフォーム「スウィッチ」で長編『커튼콜은 사양할게요(カーテンコールはご遠慮します)』を連載中です。

『弛緩の姿勢』は、銭湯のあかすり師として働く母ヘジャや舞踊家を目指す娘ユラ、銭湯の経営者一家、常連客など、さまざまな人間模様を描いた作品です。夫を交通事故で亡くし、さらに詐欺にも遭い、借金を抱え女手一つで娘を育ててきたヘジャと、舞踊家として成功してほしいという母の期待を一身に背負いながらも自分の限界に直面するユラ。母と娘の関係や、母の期待という重圧から抜け出し「自分自身」として生きていこうとするユラの成長、銭湯に存在する「壁」や「序列」なども描き出されています。

以下、対談の主なやり取りをご紹介します。

Q. 『タンバリン』収録作と『弛緩の姿勢』には通じる部分がある。故郷の小都市を脱出しソウルでの生活を夢見る主人公が多いという点だ。ソウルが「中心部」とすれば故郷は「周辺部」だ。彼らは念願叶って上京するがソウルの中心部には近づけず、やはり周辺部に位置している。社会の周辺部に注目している理由は。
A. 自分の成長過程が関係していると思う。生まれたのは釜山だが、2歳のとき密陽という小都市に移り、高校まで過ごした。大学進学や就職など何かをするには釜山や大邱のような近隣の大都市に行くしかない、という認識が子どものころからあった。そういうことが小説のテーマを決めるのに影響を与えているようだ。また、自分自身が「中心部」に対する欲望の強い人間だからではないかとも思う。

Q. 中央志向というのは韓国人みんなに言えると思う。かつてはソウルに対する憧れや羨望が社会の成長動力でもあった。だが、『タンバリン』に登場する人物たちはいざソウル暮らしを始めても幸せを感じられず、挫折を経験する。挫折に至る要因は何だと思うか?
A. 階級移動がどんどん難しくなっている韓国社会の構造とも関係している。いわゆる「ソウルの中産階級以上の家庭に生まれ育った人」と「開発の遅れた地域で育った人」が教育や就職などで競争するとき、それははたして平等だろうか、と考えるようになった。誰もが全力を尽くすなか、同じようにがんばっても(スタートラインが違うために)どうにもならない構造があると思う。そんな構造のなか大きな夢を抱いてソウルに行っても、やはり厳しい現実に直面するだろう。

Q. シン・ギョンスク、キム・ユダム両作家の作品には共通点が多い。例えば、どちらにも作家を目指して上京する少女が登場する。ただ、シン作家の場合、少女の故郷はノスタルジーの感じられる温かい空間として描かれているが、キム作家の作品では否定的なイメージで描かれている。この違いはどこから来ると思うか。世代的なものもあるか。
A. シン作家の世代は今よりもっと大きな差別があったと思うが、ある意味、家父長制を受け入れるような雰囲気があったのではないか。一方、今の若い女性はその不当さに敏感に反応して声を上げる世代だ。大都市で男女平等の環境を経験したあとに故郷の現実に触れると、前は見えていなかった理不尽さが嫌でも目に入ってくるだろう。

Q. 『弛緩の姿勢』は舞台が銭湯、ヘジャはあかすり師、という特異な設定だ。
A. もともと銭湯は好きでよく利用する。特に女湯は常連たちが交流するユニークな空間なので、いつか小説にしてみたいと思っていた。ヘジャは、自分の父親の友人(男性)がモチーフになっている。事業で失敗し、借金取りから逃れるため誰も知らない場所に行ってあかすり師として働き、結局、お金を稼いで再起したという。子どものころ聞いたその話を思い出し、小説に取り入れた。

Q. ユラは舞踊家の夢を諦め、銭湯の一人息子マンスは野球の有望選手だったが負傷して再起不能となる。二人とも挫折や失敗を経験するが、それをみずから受け入れていく様子に胸が痛んだ。
A. 『タンバリン』についてインタビューを受けたときも「どうしてこんなに容赦ないストーリーにしたのか」と言われた。個人的な文学観だが、サクセスストーリーよりも失敗に関する話のほうが文学には合うと思う。「自分は失敗した」と感じている人に、それは失敗ではないですよと言ってあげられるような小説を書きたい。

 

 

 

 

 

 

 

対談に続いて質疑応答と、参加者と作家による朗読の時間がありました。釜山生まれのキム・ユダムさんはファンサービスとして釜山の方言で書かれた台詞を朗読され、会場からは拍手が起こっていました。

夏休みシーズンは教師向けの講演をおこなうなど、チャンビ釜山では今後も本を媒介としたさまざまなイベントが開かれる予定です。 (文・写真/牧野美加)