読書生活を奨励する「One Book One Busan」運動(韓国通信)

釜山市では2004年から、市民の読書生活を奨励する「One Book One Busan」(1冊の本でひとつになる釜山)という運動が行われています。候補作の中から市民の投票によって「今年の本」を選び、その図書を入口として読書文化を広めようという趣旨です。2020年One Book One Busanの選定図書の著者を招いたブックコンサートが6月に市立市民図書館で開かれましたので、ご紹介します。主催は釜山市教育庁と釜山市です。

選定図書は、昨年がユ・ヒョンジュンの『어디서 살 것인가』(どこで暮らすのか)、一昨年はソン・ウォンピョンの『아본드』(アーモンド)といったように毎年1冊でしたが、今年からは「一般」「青少年」「こども」の3部門で1冊ずつ、計3冊となりました。一般部門に選ばれたのは東亜大学韓国語文学科教授イ・グックァンさんの『오전을 사는 이에게 오후도 미래다』(午前を生きる者には午後も未来だ)で、不安や悲しみ、苦しみを抱えつつも人はなぜ生きていかねばならないのか、人生の真の意味とは何かを考えさせられるエッセイです。青少年部門に選ばれた江陵原州大学多文化学科教授キム・ジヘさんによる『선량한 차별주의자』(善良な差別主義者)は、みずからを善良な市民だと思っていても、自分の無意識の言動が誰かを差別していることになり得ることを示しています。こども部門の選定図書『우리 동네에 혹등고래가 산다』(ぼくらの町にザトウクジラが住んでいる)は童話作家イ・ヘリョンさんのデビュー作で、海辺の町を舞台に2人の少年の成長を描いています。

 

 

 

 

 

 

 

ブックコンサートは著者3人と一般市民40人を招いて開かれ、参加者には選定図書3冊のうち1冊が贈られました。新型コロナの感染拡大防止のため例年に比べて規模を大幅に縮小し、マスク着用や体温チェック、座席を一つ飛ばしにするなどの対策をとっての開催です。会の様子は市教育庁のユーチューブやフェイスブックなどで生中継されました。
One Book One Busan共同運営委員長や釜山市教育監(日本の教育長に相当)、釜山市議会教育委員会会長の挨拶や、音楽公演に続いて、司会者の進行により3人のトークが始まりました。まず、著書が選定された感想を述べたあと、それぞれの著書について紹介しました。

イ・グックァン教授は著書で、ニーチェが『ツァラトストラかく語りき』で精神の三段階の変化を「駱駝、獅子、幼子」で表したことに言及しています。それに関連して「童話を読んで面白いと思わなくなった瞬間から人生は下り坂だ。童話を読んで感動するなら、真の幼子になり、超人になることができる」と述べ、「今年から選定図書が年代別に分かれたが、分野にこだわらず、大人もぜひ青少年や子ども分野に選ばれた本を読んでほしい」と提案しました。また、コロナ時代には、インターネットのように簡単に切れてしまう『接続』よりも、本のページをめくるような『接触』が重要だ」とも述べました。

大学で少数者の人権や差別について教えているキム・ジへ教授は、アメリカで黒人男性が白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件について「アメリカ社会の“傾いた公正性”を示したもの。特に公権力が人種に対する偏見を持つと非常に危険。事件のあと大きなデモが起こったが、なぜ人々がデモをするに至ったか考えを巡らせることが大切」と述べました。また、「人は、自分が差別されることには敏感だが、差別をしていることには気づかないことが多い。『善良な差別主義者』にならないためには、差別を受けないように努力するのではなく、差別をしないように努力すべき」と提案しました。

イ・ヘリョンさんは「以前、放送作家として働いていたころに訪ねた海辺の都市・統営のトンピラン壁画村を思い浮かべて書いた。書きながら、自分が子どもだったころの感情や気持ちを表出できた」と童話の制作背景を紹介しました。親が子どものための童話を選ぶ際のポイントを問われると「親が選ぶよりも子どもに自分で選ばせたり、子どもが興味を示す分野を把握して、それに合うものを薦めてあげたりするほうがいいと思う」と助言しました。
参加者はみな熱心にトークに耳を傾け、質疑応答コーナーでも時間が足りなくなるほど積極的に発言していました。このトークコンサートの申込み(先着順)も開始からわずか6分で締め切られたそうです。市民の読書への高い関心がうかがえました。(文・写真/牧野美加)