近年、韓国ミステリーの邦訳本が次々と刊行されていますが（10月11日には「韓国近代推理小説への招待：パク・ジニョン『探偵の誕生――韓国近代推理小説の起源と歴史』を導きとして」が開催されます。詳細はこちら）、韓国南部の釜山市には私設のミステリー専門図書館「推理文学館」があります。推理作家の金聖鍾(キム・ソンジョン/1941～)が推理小説の普及と発展のため1992年に設立したもので、蔵書数は約47,600冊。市に登録された専門図書館第1号です。
金聖鍾は1969年、朝鮮日報の新春文芸に短編『警察官』が当選しデビューしました。近年、『魔人』『白仮面』(ともに祖田律男訳/論創社)などが邦訳された“韓国推理小説の父”金来成(キム・ネソン/1909～57)のあとの空白期を埋め、70～90年代中盤の韓国推理小説の全盛期を牽引した第一世代の作家です。
代表作の一つ『最後の証人』は1980年に同名で映画化され、そのリメイク版『黒水仙』(2001年)は日本でも撮影、上映されています。『最後の証人』はその後、邦訳本(祖田律男訳/論創社)も出ました。そのほか、邦訳された『ソウル―逃亡の果てに』(祖田律男訳/新風舎)、韓国でドラマ化された『黎明の瞳』や『第5列』などをはじめ、約100冊の著作を発表しています。
海を見下ろす小高い丘に建つ推理文学館は5階建てで、一般客が利用できるのは1～3階。エントランスには世界の推理作家たちの写真がずらり。松本清張の写真もありました。まず、カフェを兼ねた1階で入館料5,000ウォンを支払います。「シャーロックホームズ・アメリカン」「甘いトルストイコーヒー」など個性的な名前の飲み物が1杯無料になるので、好きなフロアで飲むことができます。1階には国内外の推理小説や一般文学書、詩集、雑誌などが並んでいて、村上春樹の『1Q84』の韓国語版や、日本でも人気の『82年生まれ、キム・ジヨン』、『少年が来る』といった韓国小説、日本の小説なども見かけました。
２階もゆったりとした静かな空間で、読書や勉強に集中できそうです。目を引くのは館長である金聖鍾の著作や原稿、写真などを展示した空間。小さな字で手帳にびっしり書かれた『最後の証人』の草稿や、多くの修正が書き加えられた『福岡殺人』の草稿、色あせた原稿用紙、『黎明の瞳』の初版本（1977年）など、50年にわたる作家人生の軌跡を垣間見ることができます。世界の有名作家の写真やゆかりの品を展示している空間もありました。
大きな窓から海が見える3階の閲覧室は、国内外の推理小説、一般文学書、児童書、人文・社会科学書など、館内でもっとも多くの図書を所蔵するフロアです。誰でも自由に閲覧でき、1、2階に移動して読んでも構いません。会員になると貸出も可能です。フロアに展示されている写真のなかに、川端康成と三島由紀夫が談笑しているものもありました。
3階の書架で「三中堂文庫」という古い文庫本を見かけました。日本統治期の1931年、ソウルに設立された出版社「三中堂」が75年にスタートした文庫本シリーズです。チャジャン麺1杯が150ウォンだった当時、200ウォン均一(当初)という手頃さもあって好評を博し、90年までに全500点が刊行されたそうです。ハングルが縦書きされていました。
推理文学館には図書館やカフェ以外の役割もあります。作家志望者が作家から直接、個人指導を受けられる「推理小説創作教室」、誰でも参加できる「読書クラブ」、隠れた名作を上映する「映画サロン」、日本など主に海外の文学作品ゆかりの地を訪ねる「冬の推理旅行」などを定期的に運営しています。
推理文学館の図書(推理小説17,000冊、一般文学書13,500冊、人文・社会科学書7,500冊、児童書3,500冊、原書6,100冊)は館長である金聖鍾個人の蔵書です。案内冊子には「推理文学館のような私設の専門図書館は文化的価値の高い施設であるにもかかわらず、その設立・運営は各分野の専門家の情熱や意志、私財に頼らざるを得ないのが現状。施設の存続のためには国家的な支援が不可欠だ」と書いてありました。長く安定して維持できる運営基盤をつくり、ぜひ後世に残してほしいと思いました。(文・写真/牧野美加)
推理文学館
利用時間：9～19時(2、3階は18時まで)
休館日：1月1日、旧暦の正月とお盆
住所：釜山市海雲台区タルマジギル117番ナギル111
(부산시 해운대구 달맞이길117번 나길111)
電話番号：051-743-0480/742-2346
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