2016年、「韓国文学」関連書の出版状況

2016年、「韓国文学」関連書の出版状況          舘野晳(翻訳家・出版文化国際交流会理事)

 2016年に刊行された「韓国文学」を振り返って見ると、「小説」の奮闘ぶりが目立った。大家に属する金東仁①『小説大院宮: 雲峴宮の春』(彩流社)、李泰俊②『思想の月夜ほか五篇』(平凡社)、玄鎮健③『無影塔』(キンドル版)を筆頭に、朴景利④『完全版土地』(1・2巻、CUON)、李文求⑤『冠村随筆』(インパクト出版会)、趙世煕⑥『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)。さらに中堅・若手では、玄吉彦⑦『島の反乱』(同時代社)、金仁淑⑧『アンニョン・エレナ』(書肆侃侃房)、鄭泳文⑨『ある作為の世界』(書肆侃侃房)、韓江⑩『少年が来る』(CUON)、キム・ヨンス⑪『ワンダーボーイ』(CUON)、千雲寧⑫『生姜』(新幹社)、パンジ⑬『告発』(かざひの文庫)、それに崔仁鶴編⑭『本格昔話(2)韓国昔話集成』(悠書館)の14点(15冊)が刊行された。

 このうち第一の収穫としては、大河歴史小説④『完全版土地』(1・2巻)の刊行開始を挙げるべきだろう。これは延々26年にわたり書き継がれた朴景利畢生の大作で、韓国では「国民文学」にも挙げられ、テレビドラマ、映画、漫画化もされている。二人の翻訳者(吉川凪、清水知佐子さん)が、今後6年にわたり全20巻の翻訳に挑戦することになった。『土地青少年版』(全6巻)は既に出版されているが、完全版へのチャレンジは初めての試みとなる。

 その版元CUONからは「新しい韓国の文学」シリーズの新刊2冊も出た。このユニークなシリーズは早くも15巻に達している。⑩はマン・ブッカー国際賞を受賞した韓江が光州事件を熱く描き、⑪では、キム・ヨンスが超能力を持つ少年が80年代の韓国をどう生きたかを冷静沈着に物語っている。

 ⑤は数年前に亡くなった安宇植氏の最後の翻訳で、パソコンにデータとして残されていたという。著者李文求の故郷、忠清南道大川近郊の農村を扱った「随筆風私小説」で、50年代後半から60年代前半にいたる暮らしと思索が淡々と描写される。ソウルなど大都市の生活様相については伝えられる機会が多いが、田舎の暮らしぶりを知る機会には乏しい。このうした作品は変わりゆく農村の理解に適切な手がかりを与えてくれる。

 ①②③はいずれも韓国文学史に登場する著名な作品であるが、邦訳出版が遅すぎた感じは否めない。また⑥はかつて私家版形式で出ていたが、やっと本格的に出版されたもの。70年代の労働現場を寓話的に描き、発表されると大きな論議を呼んだ。このように①から⑥と、作品が次々に翻訳紹介されるのは歓迎すべきことであるが、その紹介の仕方が無分別で、一方的なのが気になってしょうがない。もっと順序立てて欠落している穴を埋めていくことはできないものだろうか。

 ⑦は「済州4・3事件」を扱ったドキュメント小説、⑧と⑨は福岡の書誌侃侃房の刊行で、いずれも本邦初訳、注目される若手作家の作品(集)である。⑫は「拷問技術者」の父と娘の話という異色の題材を扱い、韓国読者に衝撃と勇気を与えた。さらに、ノンフィクション作品では、パンジ⑬『告発』(かざひの文庫)がある。北朝鮮作家が命懸けで体制批判の作品を書き、それを集めた短編集である。崔仁鶴⑭『本格昔話(2)韓国昔話集成』は、文字通り昔話の集成を目指しており、これはまだ続くようだ。

「詩」は文貞姫『今、バラを摘め』(思潮社)、「エッセイ」は、カン・セヨン『さびしさに、まけないで』(PHP研究所)の各1冊にとどまった。後書は評判のラジオ番組を活字化したもの、本のほうもベストセラーになった。

 文学に関係する研究書(翻訳)では、曺泳日『世界文学の構造』(岩波書店)が出色、世界文学の中に韓国文学を位置づけ、日韓両国の文学の関係を考えるのに、貴重なヒントが得られるだろう。また、徐智瑛『京城のモダンガール』(みすず書房)も刊行された。これは副題のように「消費・労働・女性から見た植民地近代」を描いたもので、植民地時代の文学作品を読む際の手引きの役割も果たすだろう。同じような脈略で、金賢珠ほか編『朝鮮の女性(1392〜1945)』(CUON)も参考になるかもしれない。ここにはこの時期の「身体、言語、心性」を論じた13本が収録されている。さらに、金賛会『お伽草子、本地物語と韓国説話』(三弥井書店)と、日韓比較文学研究会編『韓国口碑文学大系②』(金寿堂出版)の研究書2冊も刊行された。

「古典」に属するものでは、李義凖・李義平『渓西野譚』(作品社)があった。これは漢文による啤(ノ木偏)史小説の現代語訳で、『於于野譚』『太平閑話滑稽伝』など既刊4冊に次ぐもの、いずれも朝鮮朝の世界を知るためには欠かせない資料である。

 日本語による成果としては、ノンフィクション作品で、高祐三『われ、大統領を撃てり』(花伝社)、研究書・評伝として広瀬陽一『金達寿とその時代、文学・古代史・国家』(クレイン)があり、日本人作家(作品)を論じたものとしては、朴裕河『引揚げ文学論序説』(人文書院)があった。

 最後に挙げておきたいのは、卞宰洙『朝鮮半島と日本の詩人たち』(スペース伽耶)である。ここには朝鮮を詠った日本人文学者90名の詩・短歌を選び出し収録している。これほど多くの朝鮮民族に連帯的で好意的な作品を、このような形に整理し1冊にまとめられたのは初めてのことで、収録された詩や短歌をゆっくり読み進めていくと、日本人文学者が朝鮮半島の人々を、隣人として暖かい目で見ていたことを、改めて思い知らされる。

 いま日本社会で朝鮮(人)に対する批判的で厳しい視線が強まっているが、ともに東アジアで生きる隣人を、人間としてまともに接していく暖かく冷静な目を持ち続けたいと思う。そうした見識を見につけるためにも、本書を多くの方々に推奨しておきたい。    (『出版ニュース』2017年2月上旬号掲載)