日韓出版人交流プログラム「第4回 絵本編集者に聞く」レポート

2021年はオンライン開催となった、K-BOOK振興会主催の日韓出版人交流プログラム。7月16日には「第4回絵本編集者に聞く」が行われた。

ゲストは、子どもの本専門出版社・本を読む熊(以下、ベアブックス)編集長のウ・ジヨンさん。「絵本作家とどのように関係性を築き、一緒に仕事をしていくのか」を中心に、お話してくださった。

イベント概要
テーマ:日韓出版人交流プログラム「第4回絵本編集者に聞く」
開催日:2021年7月16日(金)19:00〜21:00pm
スピーカー:子どもの本専門出版社・本を読む熊(ベアブックス)編集長ウ・ジヨンさん

子どもの本専門出版社・ベアブックスは、2006年に30代の女性3人により設立され、ウさんはその1人である。

1990年代後半から2000年代前半にかけて、韓国では絵本ブームが起こっていた。386世代(*)と呼ばれる世代が30代となり、出版社で働いたり、親になったりしていた時代だ。

彼らは子供たちがグローバル市民になれるよう、幼少期からいい本を沢山読ませるべきだと考えており、当時はいい作品であれば1万部ほどは売れていた。

ベアブックスはそのブームの終わり頃に設立されたわけだが、現在でも韓国では年間8,000冊ほど本が出版され、うち2,000冊は絵本である。

この日、前半はウさんが絵本作家との関係性を築くために心掛けていること5つについて、世界的絵本作家のペク・ヒナさんと一緒にお仕事をされてきた経験を交えながら、お話しくださった。

*386世代とは、1960年代に生まれ、80年代に大学時代を過ごし、90年代に30代を迎える世代。その多くが反米・民主化運動に携わったとされる。

 

作家と関係性を築くための心構え、その1「信頼される編集者以前に信頼される人になろう」


現在は人気作家のペクさんだが、初作品『ふわふわくもパン』出版時には著作権をめぐるトラブルがあり、とても傷ついた経験をお持ちなのだという。

当初、ウさんがペクさんに作品づくりを持ちかけても、全く受け入れられなかったそう。ところが、しばらくしてペクさんから「ひとりで出版社をやりたいのだが、助けてもらえないか?」と連絡があり、ウさんは快諾した。

ベアブックスとしては自社でペクさんの絵本を出版したかったが、そのときは一緒に仕事をする楽しさを気づいてもらうことがより大事だと考えた。ウさんたちのサポートもあり、ペクさんはひとりで出版社を立ち上げ、3冊の絵本を出版した。

その後、ペクさんは「ベアブックスに恩返しがしたい」と『天女銭湯』という絵本をベアブックスから出版することになった。


(『天女銭湯』は日本でもブロンズ新社から出版されている)

『天女銭湯』は現実と幻の境目にあるような不思議な魅力に満ちた作品だ。ロケ地を求めて韓国の古い銭湯を探しまわったり、夜中人のいない銭湯に人形を置いてあちこちで撮影をしたりと、みんなが一丸となって作った。

この作品を共に作り上げたことで、ペクさんは考えを変え、ひとり出版社で作った3冊も、これ以降の作品もすべて、ベアブックスに出版を任せてくれるようになった。

ペクさんの気持ちに寄り添い、人としての信頼関係を築くことを優先したからこそ、現在のような関係性になることができた。ウさんはそう考えている。

 

作家と関係性を築くための心構え、その2「作家の人生の課題を理解する」

(『あめだま』も同じくブロンズ新社により邦訳が出版されている)

ベアブックスでは、一度縁を築いた作家とは一緒に生きていくという覚悟を持っているのだそう。

作家が人生で今どういう時期にあり、どんな課題を迎えているのか。そこを乗り越えられるよう、できるだけサポートする。本もそういった道のりの中で生まれてくる。そのように考えている。

たとえば、『あめだま』という作品が生まれた背景には、こんな会話があった。「小学校に入学した次男が友達付き合いに悩んでいる」という話をペクさんから聴き、「飴玉を食べたら、友達関係がよくなる。そんな魔法があったらいいんじゃないか」とウサンは考えた。そこから、ペクさんが昔書き溜めた原稿を元に絵本を作ったらどうかとアイディアが発展し、この作品となった。

現在ペクさんが取り組んでいる『ヨンイとヤナギぼっちゃん』について、次のように解釈した。

傷ついた人は自分の中にある洞窟のような場所で回復する時間が必要だが、時期が過ぎれば洞窟から出て、より高いところに登っていける。

この作品に取り掛かる前ペクさんはスランプを迎えていて、そういう時期だからこそ、ペクさんにとってまさに必要な作品だとウさんは考えている。そして、この作品は同時に、コロナ禍で厳しい時期にあるわたしたちに向けて、みんなで乗り越えていこうとメッセージを送ってくれるようだとも、感じているそうだ。

 

作家と関係性を築くための心構え、その3「作家の挑戦を応援しよう」


前述した『天女銭湯』という作品は、女性の裸が露出し、ややグロテスクにも見える絵柄から、自社の営業部も書店スタッフも出版・販売を強く躊躇していた、という経緯があった。

だが、ウさんは「マスメディアが描くような美化された姿ではなく、私たちが毎日見ている本当の女性の身体を大胆かつ美しく描いている」と感じ、大好きな作品だった。だから、一生懸命周囲を説得し、ペクさんが悩まず心ゆくまで表現できるよう配慮し、出版に踏み切った。

その結果、この絵本は読者に広く受け入れられ、今では子供向けのミュージカルまで作られている。

 

作家と関係性を築くための心構え、その4「退くときは退こう」


ウさんいわく、「わたしも自己主張が強いからそう簡単には退かないが、作家の意見を聞き入れて、退かないといけない時もある」とのこと。

꿈에서 맛본 똥파리(夢で味わった蝿)』という作品の表紙を決めるとき、ウさんを含めたベアブックス社内みんなが「皿の上に置いた蝿にしたい」という意見に反対した。また、本文の内容でも作家の意図がちゃんと伝わらないと懸念される箇所があった。

しかし、結局はどちらもペクさんの意見を尊重することにした。この作品はベアブックスから出版するペクさんの絵本として2冊目だったので、これまで積み重ねた信頼を壊すのは避けたかった。

時間が経ち、ペクさん自身が「あのときはあなたたちの意見を聞けばよかった」と言ってくれ、結果としてはベアブックスへの信頼を深めてくれることとなった。何事も長い目で見て判断することが大事だと考えている。

 

作家と関係性を築くための心構え、その5「作家の作業に意味を持たせよう」


ウさんは、絵本作家はインスピレーションや本能に導かれて作品を作っており、自分の意図を言語化することにはそんなに慣れていない、と考えている。

そのため、作家が作品作りに取り組んでいる最中は、作品への評価は解釈は口にしないが、出版してある程度時間が経った頃にちゃんとコミュニケーションをとるようにしている。

『おかしなおきゃくさま』は、家でお留守番をする姉弟のもとに、雲から落ちた小鬼が突然やってきて、はちゃめちゃな振る舞いをする物語。韓国でも子供たちに大人気なのだが、ウさんは「この作品はペクさんから子供たちへの感謝の贈り物」だと解釈した。

韓国ではノーキッズゾーンが増えるなど、子供の自由奔放な振る舞いに対して時に厳しい視線が送られる。一方、この姉弟はどうしようもない小鬼のいたずらでも受けとめてあげている。韓国の子供たちは世間のそんな空気を感じとっていて、だからこそこの作品をこんなにも好きになったのではないか。

そして、この小鬼には、実は最初の作品で痛い経験をしたペクさん自身が投影されていて、そんな自分の作品を愛し、受けとめてくれた子供たちへの感謝が込められているのではないか。

ウさんはそのような自分の解釈をのちにペクさんに伝えたところ、「まさにそうだと思う」と納得されていたそう。

このように、作家自身も意識していなかった意図や意味を伝えると、作家はそれらを受けとめ、次の作品でもっと深い何かを導き出そうとしていくように、ウさんは感じている。

 

<イベント視聴を終えて>

今回のイベントは、ウさんの「0歳から100歳までの読者が好きになり、共感できる本を作っていきたい」という決意の言葉で、最後を締めくくられた。

言葉も理解できない乳幼児向けの絵本作りは難しく、だからこそ最近では20〜30代に向けた物語よりも絵の美しさが重要視される大人向けの絵本がより多く作られたり、海外で賞を受賞したり、という傾向がみられるという。

その現場に憂いを感じながらも、「どうやって新しい絵本の読者を開拓していくのか」という問いには正解がないからこそ、「0歳から100歳までの読者が好きになり、共感できる本」を目指して絵本を作り続け、絵本の水準をそこまで引き上げていきたい、とウさんは話してくださった。

次回は、日韓書店店主対談。高校教師でありながら大邱市で「町の本屋協同組合」を設立し本屋を営んできたパク·ジュヨンさんと、東京・赤坂で本屋「双子のライオン堂」を営む竹田信弥さんの経験を中心に、「本」と「読者」の距離について話を聞く。

第5回 書店店主対談:本を薦めることの喜びと苦しみ
日程:2021年11月20日(土) ※時間未定。
対談:パク・ジュヨン×竹田信弥

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(文責:森川裕美)